愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

2022-01-01から1年間の記事一覧

【断想】執行猶予無期(聴聞権の失効)

体中に口の生えた化け物が一声もあげずに息絶えていた 言葉の暗夜に耳の炬火を掲げ黙り込んだ幼子の顔を照らせ立ちすくんだという聴聞権が閉じられた舌を拓かせるまで 私は沈黙に呼ばれている悲鳴より聞こえているものに 人は黙殺で二度殺せる 唖にはびこる…

【断想】失調統合症(女という汚名ではなくて)

女という汚名ではなくて私はふつうの名前に耐えていないといけない 死よりマシな一日を生き死よりマシな一日を眠るその一生が死よりマシかどうかはともかく 大量生産された名前が私を初めて個人にする 過去が現在すぎるときにすぐ眠れるわけないでしょ 同僚…

【断想】ぼくは自分から他人すぎる

昨日に僕は戻るそしてそこには誰もいない誰とも待ち合わせていない昨日に僕は戻るそしてそこには誰もいない昨日で僕は待っているそしてそこには誰もいない ・ 笑顔は口よりも大きいまなざしは目よりも重い大きさと重さで子供の顔はつぶれた ・ ぼくは社会か…

【断想】義肢 義顔 義僕

昨日に僕は戻るそしてそこには誰もいない誰とも待ち合わせていない昨日に僕は戻るそしてそこには誰もいない昨日で僕は待っているそしてそこには誰もいない ・ お前のまなざしが顔を彫ると僕の仮面が発掘されるお前がそれを付けるとお前が見られている僕の顔…

【小説/MAD】飼育 feat.女子高生(大江健三郎の小説『飼育』に登場する「黒人兵」を会田誠の絵画『犬』をモデルとした「女子高生」に改変した日本文学)

※本稿は、大江健三郎の小説『飼育』に登場する「黒人兵」を、会田誠の絵画『犬』をモデルとした女子高生に置き換えた文章です。公序良俗に対して、適切であるために作られた文章ではありません。 参照大江健三郎 『大江健三郎自選短篇集』 岩波書店 2014年会…

【断想】顔病

昨日に僕は戻るそしてそこには誰もいない誰とも待ち合わせていない昨日に僕は戻るそしてそこには誰もいない昨日で僕は待っているそしてそこには誰もいない ♦ 顔の影が体の影に影をおとす ♦ 僕は顔が閉まっていた鍵はあなたたちしか持っていなかったなのにな…

【断想】「〈自分アレルギー〉患者」の自伝

わたs

【エッセイ】生誕100年 ジョン・ケージに捧げる433文字

【断想】『世界文学全集』より 沈黙・余白名場面集

紫式部 『源氏物語』「雲隠れ」 ダンテ『神曲』 …… ラブレー『ガンガルチュアとパンタグリュエル』 …… シェイクスピア『リア王』 …… スウィフト『ガリヴァー旅行記』 ……! ドストエフスキー『罪と罰』 ……? トルストイ『戦争と平和』 ………………………………………… プル…

【断想】『現代ウクライナ短編集』の一部抜粋と、収録作品「天空の神秘の彼方に」に登場する人名と人称代名詞のすべてを「人間」に置き換えた一文

今回は、『現代ウクライナ短編集』(群像社 2005年)の収録作、「天空の神秘の彼方」の文章の一部を改変した一文と、短い抜粋文を掲載する。 具体的には、「アンドリイ」「フェーディル」といった人名と、「彼」「彼女」といった人称代名詞を、すべて「人間…

【断想】顔と僕

昨日に僕は戻るそしてそこには誰もいない誰とも待ち合わせていない昨日に僕は戻るそしてそこには誰もいない昨日で僕は待っているそしてそこには誰もいない ・ 顔に震災するあらぶれにぼくはいつもぼくの震度だった破砕された一生のつじつまに涙にあらがえる…

【散文】 岩ぐるみ /耳ぐるま/鶸ごわれ(ひきこもり断想)

岩ぐるみ 岩に閉じ込められて圧し潰されたまま五百年を生きた孫悟空における四百九十九年目の無言のように、この生き物はまた嫌だ、嫌だ、嫌だ、と身体を嫌がりむずがり、重いというよりもぐったりしすぎて弛緩しているために動かし難い感覚の、役立たずの、…

【小説】小鯨猟

祖筋少年たち三人が、マンションの一室でそれぞれの漁の成果である「小鯨(しょうくじら)」を見せ合う。李(リー)や圭(ケイ)は見事な「小鯨」を見せたのに対し、「僕」の取り出した「小鯨」はあきらかに異質で、他の二人を狼狽させる。 小鯨猟 あんたは…

【現代詩】時ははやくすぎる 光る星は消える ぼくにもういちど顔を投げろ

詩集『ぼくはまなざしで自分を研いだ』(2020年)より 時ははやくすぎる 光る星は消える ぼくにもういちど顔を投げろ 何のために生まれて何のために生きるのか。大人になって自分を食べて涙のぼくは救われる。首をはねられても熱いこころみんなの夢を守るた…

【詩】詩人・山村暮鳥作「風景」と内閣総理大臣・岸田文雄作「風前」

風景 山村暮鳥 いちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはなかすかなるむぎぶえいちめんのなのはな いちめんのなのはないちめんのなのはないちめんのなのはないちめん…

【現代詩】だからぼくは品詞

だからぼくは品詞 高いところから落ちて生きものが壊れる音をだす天井からも侮辱を受けていた透明な疲れでできていた昼 僕が僕しようとすると僕は僕しなくなった死体にはならなかったけど素通りしていった死がからだにたくさん残っている みなさんの形容詞を…

【散文】後背(ひきこもり断想) 

後背 私は「後ろ」にいる。声もなく、影もなく、「いない」という数にも入らずに。語っていないということを伝えられず、数えられていない者の統計がとられず、忘れ去られたことを忘れ去られている位置に。私は一度として記憶されたことがなく、かつて誰から…

【散文】離岸(ひきこもり断想)

沖合に孤立してあえいでいる私に、人はなぜ愚かに溺れているのかと問うだろう。だが独りぼっちの漂流の始まりはささいな流れだった。足のつかない海洋に身を浮かべていたとき、予想よりもほんのわずか岸辺から遠のいていたにしても、健康な手指で少し水をか…