愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想】義肢 義顔 義僕

 


昨日に僕は戻る
そしてそこには誰もいない
誰とも待ち合わせていない
昨日に僕は戻る
そしてそこには誰もいない
昨日で僕は待っている
そしてそこには誰もいない

 

 

  ・

 

お前のまなざしが顔を彫ると
僕の仮面が発掘される
お前がそれを付けると
お前が見られている僕の顔をする

 

  ・

 

なごやかに溺れ続けている自室の平原

 

   ・

 

黙り込んだ顔たちの合唱に
僕の瞳の中で潰れた鼓膜

 

   ・

 

まなざしの降り積もった雪原がいっせいに僕を見ている
そのように冬の夜となる椅子が一人の自宅にあります

 

   ・

 

窃視されることの悪があったときに
視線は証拠となる指紋を骨の内側だけに残していく

 

  ・

 

生のような眠り
死のような目覚め

 

  ・

 

晩冬のように過ぎた真夏
夕暮れのように過ごした昼
戦のように耐えた平和
死のように過ぎた一生

 

  ・

 

教室:顔の闇市

 

  ・

 

正常ごっこがうまくなってからぼくは異常にも卓越できるようになりました

 

   ・

 

人間 顔だけは神様に似なかったろ

 

  ・

 

お互いバッテリー交換みたいに顔を取り外して生きられたらいいのにな
靱帯断裂した頬にボルト入れてくれよ
二度と壊れてしまわないように整形手術して
もう人の視線で撃たれても大丈夫なくらいの面の皮を

 

  ・

 

毎日栽培している顔で自給自足
組み立てるIKEAが安いじゃないですか
Amazonみたく送料もいらないじゃないですか
だから誰だって自分の顔が安いんだよ
僕は全身を売ってギリギリで家賃払ってる

 

  ・

 

体の方は無休でいいからさ
顔だけの休暇をちょうだい

 

   ・

 

愛想笑いの後遺症で自殺しそうなゆるキャラみたいな気分

 

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ふつうであることがギフテッドなのに?

 

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いいねにみじん切りされて
大量の熱視線に焼かれる若い肉
お前たち顔の畜産を無料で味わいながら
男たちは笑顔の生産物をたいらげる

 

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「うんこ味のカレー」と「カレー味のうんこ」みたい
「ぼくが一人ぼっち」と「全員がぼく」だったらどっちのクソ?

 

   ・

 

ご自分が正常であるってことの根拠をあなたはもってらっしゃいますか
その根拠を明白に出せないようならあなたは正常ではありません
そしてその根拠を明白に出せるようなら正常ではありません
人の正気を奪うのは常に一方が問われてしまった瞬間にあります
返答する者でしかあれなかったってことがいつだって僕の落ち度でした

 

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透明でない顔などない

 

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義肢ではない
義僕を付けてはじめて僕が歩ける

 

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赤ん坊の頃の歯痕が残ったプラスチックの玩具
当時の栄達を超える瞬間がこの生涯のどこにあったと?
僕も加わるから居所を教えて
死ごと死んだヘンリー・ダーガーたちの墓地を

 

  ・

 

昨日に僕は戻る
そしてそこには誰もいない
誰とも待ち合わせていない
昨日に僕は戻る
そしてそこには誰もいない
昨日で僕は待っている
そしてそこには誰もいない