断想集

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集。旧名「愛さないことにかけては世界の方が上手」。

【断想/警句】闘争の一形態としての逃走と、蜂起の一形態としての放棄

 

海に適合できなかった出来そこないの水生生物だけが到達した進化先としての地上。

 

希死念慮の波間に露表する希生念慮の岩盤の硬さよ。

 

理性の引き潮が悔恨の岩礁をあらわにさせてなお、容赦なく追憶に叩きつける波飛沫の漏洩としての悲涙。

 

環状島の内角から金塊でも出りゃあいいのに!

 

歳月の海嘯にさらされて、丸くなった追憶の小石たちが転がる海岸を横目に、余計に尖っていく生涯の総体としての断崖絶壁の鋭さときたら。

 

自己が体から振り落とされるほど荒ぶっている心的外傷。

 

もっとも近い異境は自宅。もっとも近い異人は自分。

 

西洋の精神医学は人間の深層心理におけるダイナマイトの発明となった。その結果はゴールドラッシュの伝説と大量の爆死者。そしてノーベル賞的な名誉と罪滅ぼしの弁明の積み重ね。

 

都市では精神を病みながら生活していくという自滅的な健康様式によって延命している珍獣が多く見られる。

 

お互いの過剰防衛による傷害事件に対する裁定は過剰判決しかない。

 

逃走が闘争の一形態であるように、放棄は蜂起の一形態でありうる。

 

子供が歳月に寄生されて変態を起こした結果にすぎないみたいなろくでもない成体としての大人。

 

肉弾的な本音のゲリラ戦に次々と敗北していく、簡易な学問用語を装備しているだけのアカデミアの兵隊たち。

 

国民の歴史は毎年下書き保存されている。

 

過去を彫琢するノミは今日の手に握られている。

 

過去が沸騰しているとき、未来を彫琢するためのノミは熱すぎて握れない。

 

鉄は熱いうちに打て。ただし歴史は可燃物だ。

 

【断想/詩】ふつうにあたらしい30年

 

 

  大東亜

    『喜びの過剰は、泣く。悲しみの過剰は、笑う。』(ブレイク)

お願いだから今度はにらめっこで戦いましょう
たかが顔を見合うあっぷっぷ
もっとも脆弱なもので防衛しあう第三次大戦
破顔のために最新鋭のコメディアンを集結させる首脳たち
爆笑されるにあたいする裸を唯一の盾にして
私たちをもう二度と泣きながら笑わせないで
そうして今度こそ笑いながら泣きましょう

 

 

  ふつうにあたらしい30年

失われた30年なんて取り戻してないで
ふつうに新しい30年をちょうだいよ
かつての時代を振り返ってないで
ただの今日をもたらす度量を
国を美しくするよりも
今日の暮らしの美しさを選ぶ意味を
強い時代へと歩き出すためじゃなく
ふつうに弱いわたしがここに居ることを応援してよ

 

 

  本日モ晴天ナリ

これは雨ではない
と否決された
国会も最高裁も完全に否定
ただ
私たちは空から降りつづける大量の水に濡れている

雨なわけがない と専門家は言う
頭のいい人たちが結論したとおり
これはたしかに雨ではない
ただ
私たちとしては空から落ちてくるたくさんの水で体が重い

これは雨ではない
私も私たちのようにそう思おうとしている
ただ
見上げた空に光はない

 

【断想/警句】全身性自己免疫疾患

 

※以下は公序良俗に対して適切であるために書かれた文章ではありません。

 

 

 

ささいな火の粉をよけるために毎回氷河に飛び込んでいるような自己防衛策。

 

直喩がミルクのように溶け込んだ隠喩のブレンド。

 

濡れた土に水を撒いているような自習時間。

 

自意識過剰による他意識過剰と、他意識過剰による自意識過剰の熱烈な共演。

 

成員全員における同時多発過剰防衛としての一家心中。

 

すべての人格が同性同年齢で趣味嗜好もおおむね一致しているため誰からも問題にされていない多重人格者。

 

タトゥー:社会との闘争を示す恣意的な傷跡。

 

心身症:実存のぎっくり腰。

 

自死:全身性自己免疫疾患

 

若者は未来に対して近眼すぎる。老人は過去に対して老眼すぎる。

 

希望の棲み家は虹のたもと。絶望の棲み家は足。

 

都市の人々は川よりも霧雨によく濡れる。

 

恥の多くない人生などない。

 

さあどちらに賭ける? 生身の鶸とガラスの獅子の死闘。