愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想】執行猶予無期(聴聞権の失効)

 

体中に口の生えた化け物が
一声もあげずに息絶えていた

 


言葉の暗夜に耳の炬火を掲げ
黙り込んだ幼子の顔を照らせ
立ちすくんだという聴聞権が
閉じられた舌を拓かせるまで

 


私は沈黙に呼ばれている
悲鳴より聞こえているものに

 


人は黙殺で二度殺せる

 


唖にはびこる聾

 


現行犯逮捕はいつも口
耳は共謀罪しか犯さない

 


判決・全者有罪として
執行猶予無期
和解でも無罪でもない日常を
穏やかな有刑で営みなさい

 


千手観音はわかったから千耳観音はいないの?
耳に埋め尽くされた全身で無量の嘆きを聞いてくれるだけの

 


鉄球サイズにふくらんだ鬱が
心臓めがけて死のストライク狙ってる

 


人々には悲鳴しか届かない
それは手遅れっていう証拠なのにね

 


体にやさしく脳にやさしく親にやさしく友達にやさしく地球にやさしく
やさしさのバリューセットで私は今度転校することになりました

 


少なくとも被害者になれなかったという被害者ではないですか

 

 

舌の引き金を引き
一名の耳を狙い撃つ唇

 


口の雑菌が繁殖するSNSキャンプ場
六秒前に軽蔑したから虚栄は十分
私も除菌液一つ持って侵されに出る

 


ショッピングモールの床にはたくさんの耳が落ちている
一方適応指導教室に落ちているのはわたしの口だけ

 


必死に相談したところで国から「仕様です」と聞かされるにべもない学齢期のプログラム

 


接続詞が関節技を決められて二の句が継げなくなる世間話

 


大人たちの饒舌な沈黙に
すでに諭され終わっている子供たち

 


正しい走り方を履修した証しとして
私は両足と松葉杖を抱えて通学する

 


歩き方を化粧した人々が駅を行く

 


耳のない群衆が歩き過ぎて
いつのまにかすられていた口

 


集団学習と集団面接と集団就職
連結された足の車両が通り過ぎていく

 


なぜ歌わないのか と耳のない人たちが説教した

 


閻魔が引き抜くべき耳がある

 


ダンス—―語りえなかった者の歌。

 


聞きとらなかった悲鳴を損害賠償するものとしての書物

 


そして黙殺の荒野に根絶やされた舌
なおも沈黙の腐葉土に種撒かれる耳
湿潤な嗚咽に育まれるたどたどしい草原で
小さな哺乳類が再び唇を交わすまで