愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想】舌の墓地

 

黙れという刑に処され
口内に監禁された舌

 

言い難き嘆きもて
口の陣痛を倦む 
歯列を蹴る足は
二十年目の舌の臨月

 

舌の根に墓地を発見しても
耳が墓守を務めるとは限らない

 

大きな声量によって届けないといけません
大きな聴量なんて送られてきませんから

 

殺した者だけが墓碑銘に並んでいない

 

耳の独裁が引き起こした舌の大量虐殺
語れなかった口たちには墓地もない

 

お前の口を移植して
僕にも一つ語らせてくれ
生き延びるための手術の結果
縫合の成功した唇しかない
血が噴き出さないように
傷口が開かないように
無事ですんだなんて言わないでくれよ
これは助けられたとは限らないんだ

 

あこぎから足を洗った者を
かたぎの者の耳がぬぐう

 

足はとうにたどり着いている
お前は耳だけを樹立しろ
他に急ぐべきものはない
どうせすべての舌がはびこり
立ちすくむ者はむさぼられる

 

悲しみを感じている余裕のないことを
悲しくないのだととらえないでください

 

昔口のあった家で立ちすくむ
私はまだ無言に語られている

 

悲しみの延焼がとどめられず
煤だらけの目をしていた少年
灰をかぶって生き延びたのに
その子はもう体ごと煙に化した

 

ぼくの悲鳴を聞かなかった人が
ぼくの悲鳴の解説をしている
でも本当に聞こえていた人なら 
言葉なんてはじけ飛んでいたはずだよ

 

耳の乳母車で育てられたお前が
殺したいほどうらやましかった

 

間違った足で歩かされた正しい道
でもぼくはやっぱり
自分のあやまちを歩きたかったな

 

人足の絶えた舌の墓地
涙も土に還っていった
目はもう祈るに値しない
記憶に僻地のある人は
明け方ここにやって来い
足で墓石を踏み倒し
賤民の耳で悼みを暴け
子は不敬にしか甦らない
喪は不敬にしか残されていない

 

眼に刻印された永訣に
老獪な幽霊まで発狂した
お前霧の喪に舌を出して
耳を慟哭させる言葉で泣け
十三年をかけた一声で
せめて人々の記憶に墓を建てさせろ