愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想】名前のバケツに意味のゲロを吐く

 

八年間の沈黙の岩盤を爆破するためには
のどにダイナマイトぶち込まないといけないよ

 

あんたの舌先に定住は無理
日替わりの真実がマイクラみたいで

 

言葉の負債を忘却で帳消しにする
そのせいで思い出が自己破産する

 

私はマイナス一ヵ国語の話者

 

人はこの言葉を母国語だという
私の舌は植民地だったのに?

 

精神が半分になると
肉体の疲労は倍増

 

名義一つに収まる程度の一生だったね

 

名前の定まっていない意味の小蠅が
あなたと私の口先を飛び回っている

 

名前のエチケット袋が間に合わなくて
あたりかまわずにぶちまかれた意味のゲロ

 

多数の裏アカが分裂病を肩代わりしてくれている

 

高収入だと名前に額縁が買えるんだね

 

有名になるための技巧以外の何の特技もないことを特徴とする有名人

 

有名の極みを愛でる無名の極みたち

 

若くして名声だけ夭逝した

 

そして名前が棺になった

 

晩年になってすがる自名の墓

 

存在しない言葉の定義を作り
名詞のない辞書を編む

 

後から概念がやってきたときに起爆するよう
事象に先んじて名前の地雷を仕掛けておいた

 

現象の父親もなく 名前に処女懐胎した意味の赤子

 

すべての母語は名前の移民たちによって築かれた

 

定義で死も死ぬ

 

不確かさの沖合まで押し流すために
ぶつかりあいが必要だった言論の潮流

 

名前のスクールバスに乗って
子どもたち自分から遠ざかっていく

 

ぼくはおまえのためのおしとやかなどうぶつだった
おまえたちの耳にとどかせるための人語も 
悲鳴の意味を持つおおきな声もない
ぼくは助けをもとめている
ぼくは叫び声をあげている
なのにいまでもどうぶつのなごりがあって
おまえたち文明の耳が聞きとらない

 

意味の上流はどこにある
言葉の清流をたどり
泉で名前を洗いたい

 

産まれたての意味に言葉の産湯をかけて
名前の衣にくるんで抱きあげる
私だって そんなふうにお前を祝したかったんだよ