愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想】僕の舌はお前たちの舌と舌と舌と舌と舌と舌のあいだで語らないといけない

 

僕の口中はお前たちの顔でびっしりだ
舌の表面で爛熟した顔顔顔の熱帯雨林
舌の中の舌の中の舌の中の舌の中の舌
お前たちの大量の顔で舌が動かせない
身動きがとれない顔うごきがとれない舌うごきがとれない
好き勝手にしゃべりまくる舌の腫瘍共
四半世紀越しの顔の地層に埋まっている
僕の舌はお前たちの舌と舌と舌と舌と舌と舌のあいだで語らないといけない

 

  ・

 

家族に 公共に 国営に
僕は自ら進んで徴兵される
就職令状の赤紙に感謝し
零戦に乗って家庭内カミカゼ 
鬼畜自分の単独玉砕 
口は無差別乱射が得意
耳は長時間かけた拷問が好き
英雄の目は蛮族殺し
顔は殺し屋の大車輪
欲しがりません罰までは
贅沢は素敵だ産めよ減らせよ
やがて僕の体にあたるものは存続せず
勲章は空中に向けて授与される

 

  ・

 

言葉の鋳型に入らなかった方の
定義に抽出されなかった方の
意味に研磨されなかった方の
はぐれものの奴らがいたんだ

その他のゲージから脱走して
平日の昼間に放蕩しやがった
誰かそいつらを捕まえてくれ
きっとそこに明日の超克が居る

 

  ・

 

爪を切るように手立てを切っている
散髪するように頭を散らしている
角質を落とすように自覚を落としている
髪を染めるように主義に染まっている
整形するように目を覆っている
そうしてようやく僕の一日をやりおおせているよ

 

  ・

 

顔が顔の墓地となり
表情が埋まってしまった
目が目の棺となり
感情が閉じられてしまった
私は生活の敷き詰められた
舗装された収入を歩いていく

顔の下にいる者に
誰か墓参する者はいないのか
私は信じない
一度亡くなった者が蘇らないだなんて
幼い子供みたいに
またやって来るかのように理解しない

暮らしていくための凡庸さに
どれほどの戦後があったことか
この渓谷が平野になったことに
どれほどの土砂がいったことか
わたしはなくなった地面のためにさまよう
いつか再会できる錯誤のために