愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想】舌の軍事

 

いつか耳を転覆させるために
虎視眈々と軍拡を続ける舌の軍事

 

権力で目がふさがれて口が衰える
権力で耳がふさがれて口が退化する
口はふさいでいませんよねという我が国の自由

 

自ら耳を舗装したせいで
国の口車に轢かれていく人々

 

罪ではなく罪悪感で死んでいる
罰ではなく罰善感で殺している

 

一千万人の怒声 VS 一人の世襲政治家の難聴

 

有名人が汚名で名誉を洗っている

 

戦前よ、こんにちは

 

日本の性教育—―政府公認のアナーキズム

 

苦のベーシックインカムは全国民に強制給付なんで

 

答えも風通しをよくしておかないと 
あっという間に民衆の「なぜ」が繁殖する

 

耳の良い聖人が
天使の贈収賄を聞き取る

 

他人の口が私の耳に住みついていた

 

黙がさえずる耳の内
それがおしなべて世間の手の内

 

三年前の悲鳴がまだ残響している事故現場

 

名付けられた蠅の尊大な羽音

 

打ちひしがれた言葉を代弁している身体

 

母の愚痴を耳で飲んでいた幼少期
私の頭には汚水処理場の跡がある
お上から施設させられた脳腫瘍みたい
使われなくっても維持費を払ってるよ

 

クソと六ペンスのどちらかしか選べない一生

 

眼に語られた口が黙し
私は耳の残骸を見下ろす

 

耳のクーデター
失脚する口

 

代弁はできる
代聴はできない

 

一粒の口もし死なずば
唇の子孫達が育たん

 

貧困によって罹患した
倫理に対する網膜剥離

 

死を侵襲した幼年期

 

死の不幸を軽々と上回ってくるほどの老年期

 

耳だけ老化している若者

 

寿命の100年ローンを一括で早々に返すだけのこと

 

足萎えの者の横を 飛び去って行く足咲きの者たち

 

僕の前に道はない
僕の後ろに道ができる
でも背後には進めなくて
僕はどこにもいられない

 

数文字の自名を読解する参考書としての古典文学

 

意味を散髪する概念の床屋としての評論家

 

専門知の生態系で 名前の外来魚が発情期を迎えている

 

語る口なく 聴く耳なく 見る目なく
それが僕の出会ってきた人間の顔
そしてそっくりに育った僕の顔