愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想】歎舌抄(たんじしょう)


それは闇の中で希望を告げる光ではなく
次の闘いの始まりを告げる焼夷弾だった

 

人々が口を開いては
沈黙をたいらげている

 

人から噛み砕いて説明されたことで
わたしごと粉々に砕かれてしまった

 

私の舌から知らない文法が出てくる
その方が相手はよくうなずいてくれる

 

すべてのものごとに黙っているという完璧さも
生まれてこなかったという完璧さには敵わない

 

この舌は語っていたのに
お前の聾が私を唖にした

 

舌が臥せっているときに
耳以上の医師がいるか

 

大事に小箱に入れてしまっておいた舌
取り出したころにはすでに朽ちていた

 

黙った時間が長すぎて
言葉が唾液に溺死した

 

わたしには言葉の胚胎としての沈黙だった
おまえには言葉の死骸としての沈黙だった

 

太陽が腐敗したような日没
宵闇が爛熟したような明星

 

葬儀場に響く舌の晩鐘を
黙祷で鑑賞する遺族たち

 

雪を見たことのない人が積雪や雪崩被害について論じるのは
銃を見たことのない人が軍事や戦争について論じるより正確

 

大勢の若い命が犠牲となっても
たった一枚の舌が守れなかった

 

双子の耳の蛭が噛みついて
舌から意味を横領していた

 

声が耳から滑り落ちて割れた
僕の口内がその破片に切れた

 

舌の重さで口が動かない
口の重さで身が動かない

 

「声を上げよ」と耳が命じた
沈黙は「黙れ」と怒鳴り返した

 

都市の耳行きの高速道路にあって
どもりは振り落とされてしまった

 

死因は人々が聞かなかったこと
三ヶ月以上経過した舌の孤独死

 

堅い沈黙の建材を重ね
巨大な絶縁が建造された

 

一匹の蝶の羽ばたきから竜巻が生まれるように
一枚の舌のうごめきがいつか巨大な銅像を倒す