愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想】僕の身外にいる人


名刺のためにたくさんの顔を刷る

 

教育は僕を娼婦にして稼がせることに成功した

 

僕の趣味は徒労
本業とおなじ

 

自分の顔に不在票をかけておく

 

これは僕と原寸大の牢屋

 

命の顔料が尽き
世界に色がない

 

僕は自身の身重となって
心臓に陣痛だけがある

 

たくさんの足を敷きつめて整地された道
歩きやすいでしょうってしたり顔だけど
その材料には僕の足も混ざっていた

 

足跡のように散らかって
道に僕が点在している

 

今日はやけに自分の気を使わないといけなかった

 

この国で僕の身だけ横井さんになる

 

親族のなかで息子の僕だけが身外(みそと)にいる

 

彼は好奇心に負けて出かけていく
僕は好奇心に勝って座っている

 

僕が同性恋したときに
彼は異性愛していた

 

彼が攻撃に用いたのは象徴的な性器
僕が実害を被ったのは物理的な性器

 

手に負えない手に向かって
僕たちはぎゅっと悪手する

 

立って歩き出したけど
目はまだ臥せっていた

 

仮面をとりつくろうのに必死で
顔を作っている暇がなかった
人々が仮装をはずす時刻に
ぼくは一人本体を編んでいる

 

魂から落第させられるほどの偉大な教育

 

この国で社会人として許容されるためのイニシエーション
僕はもう身に墨が入りきらないほど真っ黒になった

 

人は深淵をのぞきこむが 深淵に比べると近眼すぎる

 

母親の受肉の痛みを受肉する子供

 

孤独が涵養する知性の腐葉土
熟慮する自意識の灌木が溺死した

 

罷免された幼年期という 刑罰以上の処遇

 

声の低酸素状態に
首が内側から締められた
死因は絞殺に分類してくれ
自殺とするには他因すぎる

 

国の足跡となった歴史を
礎であったという教科所
踏みつぶされたという肉声

 

子供が耳に作った壁を 
大人の口が軽々と穿つ

 

耳を聴いたことがあるか
目で探しあてた眼のように

 

耳の栄養失調で舌が飢えた

 

よって極東では口が退化し
変わって目が進化したのです

 

語られなかった言葉の腐臭を耳がかぎとり
たどっていくことで真新しい無言と出会う

 

言葉の墓前に参じるのは
せめて語った者だけであれ

 

僕は永遠に子供との同時代人でいる