愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【小説/MAD】飼育 feat.女子高生(大江健三郎の小説『飼育』に登場する「黒人兵」を会田誠の絵画『犬』をモデルとした「女子高生」に改変した日本文学)

 

※本稿は、大江健三郎の小説『飼育』に登場する「黒人兵」を、会田誠の絵画『犬』をモデルとした女子高生に置き換えた文章です。公序良俗に対して、適切であるために作られた文章ではありません。

 

 参照
大江健三郎大江健三郎自選短篇集』 岩波書店 2014年
会田誠 『性と芸術』 幻冬舎 2022年

 

 

   飼育 feat.女子高生(抄)

 

 僕と弟は、谷底の仮設火葬場、灌木の茂みを刈り開いて浅く土を掘りおこしただけの簡潔な火葬場の、油と灰の臭う柔らかい表面を木片でかきまわしていた。谷底はすでに、夕暮と霧、林に湧く地下水のように冷たい霧におおいつくされていたが、僕たちの住む、谷間へかたむいた山腹の、石を敷きつめた道を囲む小さい村には、葡萄色の光がなだれていた。僕は屈めていた腰を伸ばし、力のない欠伸を口腔いっぱいにふくらませた。弟も立ちあがり小さい欠伸をしてから僕に微笑みかけた。

 

   ・

 

 「どうするの、あいつ」と僕は思い切って訊ねた。
 「町の考えがわかるまで飼う」
 「飼う」と驚いて僕はいった。「どうぶつみたいに?」
 「あいつは獣同然だ」と重おもしく父がいった。「体中、牛の臭いがする」
 「見に行きたいなあ」と弟が父を窺いながらいったが、父はむっと口をつぐんだまま、階段を降りて行った。
 僕と弟は父が米と野菜を借りあつめて来て、僕らと父自身の、熱く豊富な雑煮を作るのを待つために、寝台の木枠に腰をかけた。僕らは疲れきって食欲もなかった。そして体いちめんの皮膚が、発情した犬のセクスのようにひくひく動いたり痙攣したりして、僕らをかりたてるのだった。女子高生を飼う、僕は体を自分の腕で抱きしめた。僕は裸になって叫びたかった。
 女子高生を獣のように飼う……

 

   ・

 

 僕と兎唇が父につきそわれ、樽をとりに地下倉へ降りて行き、女子高生がパンツをずりさげ白く光る尻を突き出して、殆ど交尾する犬のような姿勢で樽にまたがっているのにでくわしたりすると、僕らは女子高生の尻のうしろで暫く待たねばならない。そういう時、兎唇は畏敬の念と驚きにうたれて夢みるような眼をし、樽の両側にまわされた女子高生の足首をつなぐ猪罠がひそかな音をたてるのを聞きながら僕の腕をしっかり掴んでいるのだった。
 僕ら子供たちは女子高生にかかりきりになり、生活のあらゆる隅ずみを女子高生でみたしていた。女子高生は疫病のように子供たちの間にひろがり浸透していた。しかし大人たちには、その仕事がある。大人たちは子供の疫病にはかからない。町役場からの遅い指示を待ちうけてじっとしていることはできない。女子高生の監視を引き受けた僕の父さえ、猟に出はじめると、女子高生はどんな保留条件もなしにただ子供たちの日常をみたすためにだけ、地下倉の中で生きはじめたのだった。

 

   ・

 

 僕は退屈しないで、女子高生の桃色の掌が罠の刃に圧されて柔らかに窪むのを見たり、女子高生の汗にまみれて細い首に脂肪質の垢がよれて筋になるのを見たりした。それらは僕の心に、不快ではない嘔吐、欲望と結びついたかすかな反撥をよびおこすのだった。女子高生は狭い口腔のなかで低く歌っているように、頬の薄い肉を膨らませながら彼女の仕事に熱中していた。弟は僕の膝によりかかり、女子高生の指の動きを感嘆に目を輝かせながら見守っていた。蠅が僕らのまわりを群がってとびまわり、僕の耳の底で蠅の羽音が熱気とからみあって反響し、どよみ、まつわりつくのだった。

 

   ・

 

 僕らはみんな鳥のように裸になり、女子高生の服を剥ぎとると、泉の中へ群がって跳びこみ、水をはねかけあい叫びたてた。僕らは自分たちの新しい思いつきに夢中だった。裸の女子高生は泉の深みまで行くと腰が水面にかくれるほど小さいのだったが、彼女は僕らが水をかけるたびに、絞め殺される鶏のように悲鳴をあげ、水の中に頭を突っ込んで、喚声と一緒に水を吐きちらしながら立あがるまで潜り続けるのだった。水に濡れ、強い陽ざしを照りかえして、女子高生の裸は白い馬のそれのように輝き、充実して美しかった。僕らは大騒ぎし、水をはねかえして叫び、そのうちに最初は泉のまわりの樫の木のかげにかたまっていた女の子たちも小さい裸を、大急ぎで泉の水へひたしに来るのだった。兎唇は女の子の一人を掴まえて彼の猥らな儀式を始め、僕らは女子高生を連れて行って、最も都合のよい位置から、彼に兎唇の快楽の享受を見せるのだった。陽が熱くすべての硬い体にあふれ、水はたぎるようにあわだち、きらめいていた。兎唇は真っ赤になって笑い、女の子のしぶきに濡れて光る尻を拡げた掌で叩いては叫び声をあげた。僕らは笑いどよめき、女の子は泣いた。

 

   ・

 

 僕らは体を下肢に支えることができなくなるまで笑い、そのあげく疲れきって倒れた僕らの柔らかい頭に哀しみがしのびこむほどだった。僕らは女子高生をたぐいまれなすばらしい家畜、天才的な動物だと考えるのだった。僕らがいかに女子高生を愛していたか、あの遠く輝かしい夏の午後の水に濡れて重い皮膚の上にきらめく陽、敷石の濃い影、子供たちや女子高生の臭い、喜びに嗄(しゃが)れた声、それらすべての充満と律動を、僕はどう伝えればいい?
 僕らには、その光り輝く逞しい筋肉をあらわにした夏、不意に湧き上がる油井のように喜びをまきちらし、僕らを黒い重油でまみれさせる夏、それがいつまでも終わりなく続き、決して終わらないように感じられてくるのだった。

 

   ・

 

 明かりとりから、あわてふためいた大人たちが覗きこみ、それらはすばやく、ごつごつ額をぶつけあいながらいれかわった。地上で大人たちの態度が急速に変わって行くのが感じられた。始め彼らは叫びたてた。そして黙りこみ、威嚇する銃身が明かりとりからさしこまれた。女子高生が、敏捷な獣のように僕に跳びかかり、彼女の体へ僕をしっかりだきしめて、銃孔から彼女自身を守った時、僕は痛みに呻いて女子高生の腕の中でもがきながら、すべてを残酷に理解したのだった。僕は捕虜だった、そしておとりだった。女子高生は《敵》に変身し、僕の味方は揚蓋の向こうで騒いでいた。怒りと、屈辱と、裏切られた苛立たしい哀しみが僕の体を火のように走りまわり焦げつかせた。そして何よりも、恐怖が膨れあがり渦まいて、僕の喉をつまらせ嗚咽をさそった。僕は荒あらしい女子高生の腕のなかで、怒りに燃えながら涙を流した。女子高生が僕を捕虜にする……

 

   ・

 

 大人たちの塊の中から父が鉈(なた)をさげて踏み出た。僕の父の眼が怒りにもえて犬のそれのように熱っぽいのを見た。女子高生の爪が喉の皮膚に深く喰いこみ、僕は呻いた。父が僕らに襲い掛かり、僕は鉈が振りかぶられるのを見て眼をつむった。女子高生が僕の左の腕首を握り、それを自分の頭をふせぐためにかかげた。地下倉じゅうの人間が吠えたて、僕は自分の左掌と、女子高生の頭蓋の打ち砕かれる音を聞いた。僕の顎の下の女子高生の油ぎって光る皮膚の上でどろどろした血が玉になり、はじける。僕らに向かって大人たちが殺到し、僕は女子高生の腕の弛緩と自分の体に焼きつく痛みとを感じた。

 

   ・

 

 暫くして、弟の柔らかい腕が僕の体に静かにふれた。僕は黙って眼をつむったまま、弟の低い声を聞いた。女子高生を火葬する薪を集めるための仕事に弟たちも加わったこと、書記が火葬を中止させる指令を持って来たこと、大人たちは、女子高生の死体が腐敗するのを遅らせるために谷間の廃坑へそれを運びこみ、山犬よけの柵を作っていること。

 

   ・

 

 僕は悪寒に身震いし、かさかさに乾いた唇を噛みしめながら、敷石道の一つ一つの石が、はじめ淡い金色の影をおびて柔らかにふくらみ、そして輪郭がすっかりふやけて一面に胸のせまる葡萄色になり、それから不透明な紫いろの弱い光の中へ沈みこんでしまうのを見つめていた。ひびわれた唇を時どき塩辛い涙が湿らせ、ひりひり痛ませた。
 倉庫の裏から子供らの喚声が女子高生の死体の臭いを貫いて激しく湧き起った。僕は長い病気の後のように、震える足を注意深く踏みしめながら暗い階段を下り、人気のなくなった敷石道を歩いて、子供らの叫びに近づいて行った。
 子供らは、谷の底の小川への草の茂った斜面に群がって叫びたて、彼らの犬も駆けまわりながら吠えていた。大人たちは斜面の下の灌木が茂っている谷底で、女子高生の死体を保存してある廃坑に山犬よけの頑丈な柵を、なお作りつづけていた。そこからは杭をうつ重い響きが上がって来た。大人たちは黙りこんで彼らの作業を続けていたが、子供らは気が狂ったように陽気に叫びながら駆けまわっている。