愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想】ぼくは自分から他人すぎる

 

昨日に僕は戻る
そしてそこには誰もいない
誰とも待ち合わせていない
昨日に僕は戻る
そしてそこには誰もいない
昨日で僕は待っている
そしてそこには誰もいない

 


   ・


笑顔は口よりも大きい
まなざしは目よりも重い
大きさと重さで
子供の顔はつぶれた


  ・


ぼくは社会から自分すぎて
ゆえに自分から他人すぎる


   ・


大人たちの目がまなざしを着て
子供の顔は粛清される
たくさんの隊列のために用意された
制服は僕の分もある


  ・


自分が他人たちの真ん中に立つとき 
僕ははじっこにいるようにしている
それで他の人たちの顔と一緒に
僕の顔が僕であるものをあざ笑える


  ・


いつのまにか痛かったのは
銃弾の幽霊がぼくをつらぬいたせい
いまでも透明に痛んでいるのは
先生に祓っていただいたせい


  ・


僕は僕の顔を演じている
僕ではなく


   ・


乾いた砂を素手で必死にかためていって 
それでできあがるものがしょせん砂の城でしかないような調和


  ・


仮面を重ねていくと顔になる
偽証を重ねていくとまなざしになる
他人を重ねてできあがる自分の
虚栄を重ねてできた人生の果てにある死


   ・


子供:丸腰の人間。


   ・


頭がいっぱいであるみたいに
ぼくはもう顔がいっぱいです


   ・


みんな全身が顔になっていていいな
あの子たちは教室で顔を鍛えられた
ぼくも体は卒業したけど
今もまだ顔が留年してる


  ・


母乳だけじゃない
こどもは
まなざしを飲んで大きくなる


  ・

 

 

 


ちょっと待ってもらえる? 
いま僕の顔むこうにあるんだ

 

  ・

 

まなざしがかた結びされて
僕は母の顔から離れられなかった

 

  ・

 

その舌の根にはいつも装わない顔が収納してある


  ・


あの子は家族の誇りだったんです
誰からも望まれた優秀な家畜で


  ・


母は我が家の幸福の調教師だった


  ・


大人になってから出している青色申告
それが僕という人間の飛び地
来るなら夕暮れの便でやってこいよ
お前を離陸させる航空便が必ずある

通知表をもらわなかった子供がいたでしょう?
あれが僕という人間の本土
その国にだけはパスポートがない
その国に帰る舟は必ず沈む


  ・


昨日に僕は戻る


そしてそこには誰もいない
誰とも待ち合わせていない
昨日に僕は戻る
そしてそこには誰もいない
昨日で僕は待っている


そしてそこには誰もいない