愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想】顔と僕

 

昨日に僕は戻る
そしてそこには誰もいない
誰とも待ち合わせていない
昨日に僕は戻る
そしてそこには誰もいない
昨日で僕は待っている
そしてそこには誰もいない

 

   ・

 

顔に震災するあらぶれに
ぼくはいつもぼくの震度だった
破砕された一生のつじつまに
涙にあらがえるまなざしがない

 

   ・

 

僕の悲しみの海抜に
頬骨の陸地は達しない
まなざしの命綱が投げられて
水底から顔を救い上げるまで
ここにあざなえる漁火(いさりび)もなく

 

   ・

 

僕の顔が社会に習熟する
首の上の敷地に表情を建て
家の補修を繰り返す一生
あなたも僕の顔に顔を建てていく
いつか僕はそこに移り住みたい

 

   ・

 

僕ら歩兵たちは生を偵察する
戦地を共に過ごす相棒は
出方をうかがって後方で待つ
僕はやめておけと合図を出す
決して今は来るな
決してここには来るな
そしてその子供は必ず言うことを聞かない

 

   ・

 

人体で顔だけが死ぬってあるんだよ
僕は生きている
表情も生きている
ほほえみも生きている
まなざしも生きている
でも顔だけが死ぬってあるんだよ

 

   ・

 

顔 : 顔

 

   ・

 

ぼくの将来はバラ色
とはいえ
最近じゃ黒色の薔薇も発明されている

ぼくの現在は虹色
とはいえ
ぼくは色盲

ぼくの過去はクレーター
とはいえ
ぼくの住み処はそこにしかない   

 

   ・

 

   お顔山(頭山)
ぼくの顔から茎が生えのび
つくり笑いをすると枝葉がゆれた
祭りをしていた奴らを拒み
顔から木をひっこぬくと
とりかえしのつかない穴があいた

顔をなくしたぼくの淵で
ぼくも誰もと宴をする
よろこびの祝杯をあげるぼくの顔から
ふたたび茎が生えのびるまで

 

   ・

 

  迷子(ヘンゼルとグレーテル
森で迷わないように
ちぎったぼくを落としていった

鳥たちが自分にしていくから
ぼくは帰り道が分からない

お菓子の家にたどりつき
ぼくは他人を渇望した

ぼくは他人の残飯にも
口いっぱいにむしゃぶりつく

ぼくであれなくなることは
他人でいられなくなることだ

 

   ・

 

昨日に僕は戻る
そしてそこには誰もいない
誰とも待ち合わせていない
昨日に僕は戻る
そしてそこには誰もいない
昨日で僕は待っている
そしてそこには誰もいない