愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想/詩】ナラティブ不能

 

ぼくを 君を おれを わたしを あたしを
わたくしを あなたを 貴殿を きみたちを
我らを 自分を 私を 俺を あなたを

ぼくがいたのに あなたがいたのに
自分がいたのに 俺がいたのに
お前がいたのに 君がいたのに

災害はすべてを三人称にしていった

 

  ・

 

わたしたちそれぞれが家のなかに
世界で一番のバベルの塔を建てようとした
だから母とも父とも兄弟とも
言葉が通じなくなってしまった


 ・

 

娘として分離して生じた女は納税者として分裂し
妻としては夫に分裂し母としては二子に分裂した
祖母と同様その女性は本人の実体を残していない

 

  ・

 

平日昼間の街角で職質を受ける 
誰でどこから来てどこへ行くのか?
僕に聞かれるお前が答えに窮する

 

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ちょうど国境を引いたときに ぼくが昼寝していたせいだ
体に国境線ができて 二国が領有権を主張
ぼくは政治に分断されて たまに移民が押し寄せる
左右に壁が建造すると さらには第三国が侵犯
国境線がはりめぐり デモ隊と軍隊が衝突
ぼくは敵国のぼくと争い 同盟のぼくの裏切りにあう
いっぱい内戦と外戦を経て ぼくの上辺は塗り替えられた

ようやく統一されたときには 
なあ お前は誰になったの?