愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想】豪雪にビーサン

 

友達の悲劇に目を疑い
家族の不条理に耳を疑い
大人の口を疑う日々の結果
自分だけを疑うようになった

 


トラウマの万年雪に
フラッシュバックの雪崩
病いの豪雪地帯で
ビーチサンダルを渡される

 


世相の油を飲み干して
私の舌に火事が起きた
凍てついた世論に延焼し
燃えさかるべきはお前なのに

 


舌の舵が割く声の波間に
耳の帆をかかげたくちびるの舟が往く
未明の海を見定めて
GPSがねえ漂流を漕ぐ

 


あなたの共有課題に合わせて
わたしは自分を他人事にする
あなたが自分事の火をさわっているとき
手をつなぐ私は微笑に火だるまだった

 


急に僕がやって来て
お前は誰だと聞かれた
――ああ ごめん 悪気はなかった
てっきり自分だと思ったんだ

 


お前には20gくらいの沈黙でも
僕には3700gはある沈黙だったよ
舌でこいつを持ち上げないと
僕は軽口にたどりつけない

 


わかる人からすれば阿呆だけど
泳ぐことができないみたいに
自転車に乗れないみたいに
生きていき方がわからないや

 

 

土に土を埋めるように
記憶に子供時代を埋めた
それは掘り返しても土のままで
僕は土に爪を立てて土を探した
ここにもある ここにもあると
そしてどこにもないどこにもないと

 


街中に舌がある
すれ違う人の背中に舌がある
壁中に舌がある
家中の壁を覆いつくすほどの舌がある
わたしは 語られ しゃべられ 物語られ 口述され 怒鳴られ 論破され つぶやかれ ささやかれて
必要な舌だけを見つけられない

 


Y字路の一方にはおぞましい凡庸さ 紋切型の死んだ言葉がある
もう一方は意味の消失点へとつづく 痛烈ななまでの黙がある
ほとんどの人は訪れることさえない 存在すら知らない分かつ道
登山靴と火炎瓶の用意はいいか Y字路に立って荷物を背負い直す
ではよろしい この身は伝わらない方へ行く

 

 

 

 ●2023年5月21日開催〈文学フリマ東京〉参加予定

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