愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想】息枯れ

 

息の根は枯れ
声の花なく
命に荒野あり
乞いに御名(みな)なく

 

息の根に冬
吸息の春遠く
国に大気薄し
未明に舌あえぐ

 

人々は口持たず
息は架空の虚
人々は目を増やす
息は冷えびえと絶え

 

雪原重く
むごく潰れ
息の種耐えず
春いまだ来ず

 

新しい日常の
新しい息ならず
古い日常の
古い息おらず

 

我に命の土壌ありや
舌を耕すには不毛の息
枯れ果てた呼吸の身に
なおも酷寒止まず

 

身の内に落涙の豪雨
哀痛の落雷打ち
憂愁の雨季に沈む
地上に溺死す龍

 

息の根はたどれず
茎は瀕死なり
冬の根ここにあり
大樹森となり

 

心ぼそく
酒に染む
友少なく
死に親しむ

 

息ほころび
いのち破れる

 

息故障中
修復不能
不要不急
有要有急

 

恥辱に生き
恥辱に死んだ

 

冬隣に無縁墓地往く
この生者の有縁いずこ

 

百年前には恥だった暮らし
今は名誉も同然となり

 

息が裏返される

 

息の根をかじる冬の群虫

 

命に若さが飛来した
そして同じ速さで去った

 

大気に否定された息

 

耳をたどるために
口を落としていく
たどりついたころ
語るほどのものなく

 

耳たちの搾取
言葉の不作に
餓えたのは舌

 

お前だって稲の実る土だったのに
誰も耕してくれなかったんだな

 

木を隠すなら森の中
秘密を隠すなら家族の中

 

閻魔は嘘をつくと舌を抜く
人は本当をつくと舌を抜く

 

水はどこかと魚に聞くな
意味は何かと命に聞くな