愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想】僕は自分に失明することで世界を耐えた


僕は自分に失明することで世界を耐えた
涙を流すための器官はもう発見できない


気まぐれな幼年期が時制の柵を飛び越えてやってくる
でも退屈しかないとわかってすぐに軽蔑しながら消える


胚胎した幼児が私に産声をあげ
郷愁の臨月に涙腺が破水する
お前黄泉の入口に膣を掲げ
もう流れ去れ愚行の彼岸まで


親に背向けができない子どもは
自分に顔向けできなくなります


僕の水彩はまた雨水ににごり
自分でない色に流出していく


輪郭につまずいて転んでから
わたしが私に置き去りになった


育った家がアウェイだと
世界中がアウェイになる


ぼくが脱皮し
本体はお前に


「わたしの舌はわたしの言うことを聞きません」


子供の根が枯渇して
大人の花が咲かない


思い出の根腐れに萎れる今日


目の種に視線が根付き
お前が見るという侮蔑


おもだちが寄生し
繁殖する眼の森


わたしたち大勢で集まって
ようやく大きな顔一つできる


僕のカビを取り除いてくれたそうですが
でもあのうそれって本体だったんですよ


皮膚の裏からまなざされているときに
ぼくの表側はいつもよりもっと硬くなる


厚顔が鍛えられているまなざしのウエイトリフティング


顔は元からカリカチュアいらずの珍妙さだ


そして我が物顔ができない


夜闇の油田まだ尽きず
苦渋燃え続け早四十年
怨恨の火に人身痛むまし
猶も心臓に黒檀くべるやPTSD