愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想】あまりにも沈黙が大きく育ちすぎたせいで口を閉じていられなくなった


自分と初対面だという日がよくある


いつかは忘れられるけど当面のあいだは苦痛でありつづけるタイプの記憶


針の形をした水素が血に刺さっている


心臓は歯と同等の硬度に進化すべきだった


僕の遺伝子だけ螺旋状でなく鍵爪状なのかも


自己に複合されている反自己成分の拡大


あまりにも沈黙が大きく育ちすぎたせいで口を閉じていられなくなった


日本語のあいさつも表情もあなたの顔も
ぼくにはぜんぶが中国語の部屋みたい


マンガのコマのようなもの 吹き出しのようなものが
僕と世界にあって はみだすことができないんです


言葉が伝わらない無力さの次に
言葉しか伝わっていない無力さ


誰かと一緒にいても自分だけは他の人たちと違うレイヤーに居る気がするんだよね


自分自身と息を合わせられたらいいのだけど


どうせ体は体であることが下手


生まれつきの仮面をかぶる


僕の義足が歩いて行った
ぼくの届かないところまで


言語を二つくらいまたいで翻訳することでようやく自分の言葉が家族に理解される日本語になっているような実家エスノグラフィー


目の色を変えてあげましょう
目の艶を変えてみせましょう
目の質を変えてさしあげましょう
目の形を変えてごらんにいれましょう
見るものもすべておおせのままに
そしてぼくは全盲
まだあなたたちから見られている