はじめに言葉もなかりき
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人間:吾が窮乏の訴へは 薔薇(さうび)の枝を啄(ついば)むごとく 汝の耳に聴くに堪へざるところならんや 祈りの詞(ことば)をば知らざりしかど おほいなる涙の露はおちかかりけり 神よこのあはれな者を 御身の慈悲により救いたもうことありや
神: え?なんて?
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死して幸い
自分の墓の上で踊れ
あわれな一生を侮辱せよ
足踏みしめてよく固くせよ
もう二度と戻ってくるな
もう決してほんと絶対地上に戻ってくるな
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人生は夢と同じものでできている
というならそろそろ目覚めてもよい
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ある墓碑銘――「welcome!」
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葬儀……死者の誕生日会
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星霜は清らかにさんざめき
街はずれの丘に降り立たん
成層より来たる精妙な風と
晩冬の宵闇にうつつを惑い
光陰は幾光年の旅路の果てに
我がたもとを乏しく照らす
夜の杯が命の滴を艶めかせ
孤独な心に銀色の波が輝き
私はおごそかに予感する
明日もクソであることを
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吾れ十五にして学成り立たず
三十にして寝る
四十にして惑う
五十にして窮名を知る
六十にして処方箋に従う
七十にして役所の欲するところに従えども
年金受給条件を超えず
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行途
沈黙なんかおぼえるんじゃなかった
沈黙のない世界
意味が意味になる世界に生きてたら
どんなによかったか
あんたが美しい静けさに復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが酷薄な無意味に血を流したところで
そいつも無関係だ
あんたのいかれた眼のなかにある剛腕
お前のおしゃべりな舌からあふれだす歓喜
ぼくたちの世界にもし無言がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう
あんたの腕力の 果実の核以上のものがあるか
きみの一滴の血の この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼け以上のひびきがあるか
沈黙なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの接吻のなかに追放される
ぼくはきみの唾液のなかに総員で行くぜマジで
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マッチ擦る つかの間海に霧深し 身撃つるほどの祖国はありや