愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想/一行文集】どうしようもないのでとりあえず自分のふりをしてやりすごしている

 

どうしようもないのでとりあえず自分のふりをしてやりすごしている

 

ぼくは一人の群衆にすぎない

 

目には目を 舌には舌を 顔には顔を

 

僕は他人の自伝を編まないといけない

 

言葉は沈黙で発酵(もしくは腐敗)する

 

神の沈黙に鼓膜が破れる

 

他人行儀に自身という自室に入る 

 

私に出かける行為が僕の身へと避難してくる

 

ぼくとは 親密な他人たちとの集落だ

 

何百人もの他人が群がってぼくを生きている

 

他人と他人が行きかう隙間にしか自分の住み処はない

 

子どものころは母が僕の輪郭線を散髪していた

 

国は僕の輪郭線も引いた

 

自分の輪郭線だけが震災にあう

 

輪郭線がからまって動けない

 

僕は僕の離人を養っている

 

体中が顔になった

 

ぼくの後ろに背中ができない

 

僕のファントムが本体よりも濃くなる

 

人はよく脱皮後に縮んでいるもの

 

顔の蛹から幼虫が生まれてくる

 

ぼくは自分の顔役を失ってしまった

 

ぼくの代理人がぼくをクビにする

 

自分の心臓が自体というミキサーにかけられている

 

いつも山勘で自分でいる

 

ぼくは過剰適応の達人

 

世界への網膜を剥離させないために存在を剥離させて物を見ている

 

自分の舌に引きずられる

 

僕は被害者だけど 一番加害してきたのは自分

 

舌が寄生している

 

自分に間に合わない

 

自身の幻肢と幻視とを生き延びている

 

旅に出るのはここにいる自分と出会うため

 

旅が習慣の錆をとる

 

遠いところでしか出会えない自分との再開

 

だから ぼくに 急げ 顔の縫合 手術を