愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想集】すべてのクレタ人のためのヴィトゲンシュタイン考

 

「私は」といいえが言った。

 

語り得ることについては、ヴィトゲンシュタインも沈黙せねばならない。

 

みんなが嘘つきだとみんなが言う。

 

クレタ島のエイプリルフールにテンションが上がる論理学者たち。

 

エピメニデスだけは嘘つきだ、とクレタ人の先輩がグチっていた。

 

日本人の嘘のなかで一番面白かったのは、日本人は嘘をつかないと熱弁していた人の話。

 

嘘つきはクレタ人の始まりなのだとしたら、じゃあ本当を言ったら日本人が始まるの?それなら発言のすべてが嘘だとみなされる人間は、どうやったら日本人を開始させられるの?

 

問題:クレタ島公用語エスペラント語になった場合の欠点を述べなさい。

 

クレタ島には先祖代々継承されてきた歴史教科書があるから、それを日本の教科書と等価交換しましょうよ。

 

ええ、たしかに。クレタ島には「本当をつく」という慣用句があります。この国でも発明されてしかるべき言い回しだと思いますけど、それが何か?

 

2.2 嘘はもっとも重要な民族的なアイデンティティであり、我々クレタ人の末裔はこの伝統と文化を守らねばならない。

 

泉の女神さまが水のなかからバシャバシャと現れて私に質問する。
「あなたが泉に落としたのは、無自覚な嘘ですか、それとも演技された本音ですか?」
声を失くした私は答える。
「いいえ私が落としたのはどちらでもありません。ただの平凡でありふれた私自身の言葉なんです」
女神さまは私の選択を察して「あなたは正直者ですね」と言い、サービスで両方ともくれる。私は泉のほとりに転がされた二つの声を飲み込み、どちらなのか判別できない声で「クソっ」とつぶやく。