愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想集】すべてのクレタ人のための敗訴判例集

 

「はい」と私は言った。職員はいいえの欄にチェックを入れた。

 

疑われた理由のすべては母親の出自がクレタ島であるという一点のみで、渡航歴が記録された公的かつ唯一の正式な書類によれば、彼女自身は島に行ったことさえなかった。

 

語るにふさわしくない舌と、聞くにふさわしくない耳による切実な対話。

 

私たちは口先の発言ではなくまなざしの云うことに従っている。舌と耳の対立を仲介する、目という度しがたい詐欺師の。

 

クレタ島では真実を語った者が偽証罪で裁かれていた、というのは嘘の話です。

 

クレタ島の裁判記録によれば無罪だったそうですけど、それこそが本件では不利に働くということですか?」

 

論理だてて熱心に弁じた主張はほとんど誰の耳にも入らず、たとえ聞こえていたとしても虚偽扱いとなるのに対して、小声でグチった嫌悪の表明だけは本音として全陪審に知れわたるようにできている。これが公平かつ公正な弁論。

 

私たちの誰もが帰郷を夢見ているのだということは誰も口に出さない。

 

産声まで嘘だったとでもいうのか。

 

では私にいつか子供ができたとして、その子供の発言さえ真実であるとは認められないのだろうか。その子供にいつか子供ができたとして、私の孫となるその子供の心を尽くした涙ながらの発言は?さらにその子供の子供の子供の、私が目にすることのない愛おしい子孫たちの産声と熱弁と嗚咽は?

 

産声を上げたことがあるという吶喊的な真実が、細胞たちの群衆からなる私の身に、生涯のいかなる虚偽をも貫いて高らかに響き続けている。