愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【断想】私のかわいい死者(今なら涙でスプラトゥーンできるぜ)

 

私に墓地が新設された

 

私は立ち止まっているわけじゃない
死者に歩調を合わせているだけ

 

私のかわいい死者
見つめるたびに表情が変わる
語りかけるたびに思い出が変わる
これじゃあ離れられないでしょ

 

この世は死者のハーレムじゃん

 

故郷には死者が棲息している
私はたびたび尋ねていく
長年顔を見せないせいで
向こうからやって来られるといけないし

 

私は死者を介護している

 

死者は体長3.5メートル
暮らしの岸辺に座礁して
また有給を取らないといけなかった
解体して死因を特定すると
やっぱりいつもどおりの結果
私は証拠隠滅のために喰らう
またあんたで腹を下したよ
それにしても海は大きい

 

私を産めたのはあなただけだった
私の声の助産師になれたのも 
あなたの耳だけだったんだけど
そっちの子供は流れちゃったね

 

光陰に死者も年老いた

 

歳月が体位を変えて
新しいやり方で私を犯す

 

寄り添うなんて軽々しく言うな
わたしに寄り添うなんて不可能だよ
この人生には強風と豪雨しかない
自立した杭になって立ち貫かないと
この激流に流されちまうほかないよ

 

母とは まだ切れていない糸電話が つながっているような気がします
れいの弱々しい おぼろげな小声でぼそぼそ言う
そんな 二人で作り上げた糸電話を 大事にしてきました
それは 紙コップと セロハンテープと 糸 でできています
ゴミ同然の図工で ほんとは通話機能なんてありません
そんなものででしか できていなかったんです
そんなものが 生まれてからつながった臍の緒でした

 

唇の幽霊が 私の心臓に口づけする ——同意なしに

 

今なら涙でスプラトゥーンできるぜ

 

最善策は適応すること
最悪なのは適応し終わること

 

語ることがすでに不敬なんです
つぐむことが喪ではないですか

 

私が自分の記憶を虐待している

 

わたし 最初に口をとられてしまった
それで耳を盗られたときも お前に嫌だと云えなかった
目をいいようにされたときも そう
それで何が起きたのか これからも伝えることができない