死とは五月のことではありませんでした
死とは五月のことではありませんでした。
ふつうの子だとか良い子だとか
一生が青空の下の野原のように語られても
彼は駆け出しはしませんでした。
死とは音楽のことではありませんでした。
お経だとか無伴奏チェロ組曲だとか
いくら綺麗な音がスピーカーから再生されたところで
彼はメロディーではありませんでした。
死とは死のことではありませんでした。
お星さまになったとかずっとそばにいるだとか
黒い服を着てあと片付けを終えたところで
彼は死になんかになりませんでした。
いま、彼は彼ではありません。
彼は頭の良い人でしたが
何とかの最終定理や 聞いたことのない言語のように
死のことは彼にもわからないはずです。
あと
描いた動物の絵がホントにへたくそで
なんだかわらかなくて笑いあったこととも違っています。
ばかばかしいしいイタズラをして
一緒に叱られたことでもありません。
くせのある字で書かれたみすぼらしい手紙や
彼が作ろうとしていた芸術作品とも関係がなかったんです。
私もどうしようもないような間違いをしていることがありますが
これらのものとは絶対に違っていることくらいはわかります。
少なくとも
死とは五月のことではありませんでした。
この五月さえ五月ではありませんでしたから。