愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【現代詩】死とは五月のことではありませんでした

    死とは五月のことではありませんでした

 
死とは五月のことではありませんでした。
ふつうの子だとか良い子だとか
一生が青空の下の野原のように語られても
彼は駆け出しはしませんでした。

死とは音楽のことではありませんでした。
お経だとか無伴奏チェロ組曲だとか
いくら綺麗な音がスピーカーから再生されたところで
彼はメロディーではありませんでした。

死とは死のことではありませんでした。
お星さまになったとかずっとそばにいるだとか 
黒い服を着てあと片付けを終えたところで
彼は死になんかになりませんでした。 

いま、彼は彼ではありません。
彼は頭の良い人でしたが
何とかの最終定理や 聞いたことのない言語のように
死のことは彼にもわからないはずです。

あと
描いた動物の絵がホントにへたくそで
なんだかわらかなくて笑いあったこととも違っています。
ばかばかしいしいイタズラをして
一緒に叱られたことでもありません。
くせのある字で書かれたみすぼらしい手紙や
彼が作ろうとしていた芸術作品とも関係がなかったんです。
私もどうしようもないような間違いをしていることがありますが
これらのものとは絶対に違っていることくらいはわかります。
少なくとも
死とは五月のことではありませんでした。
この五月さえ五月ではありませんでしたから。