愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【漢詩】山河破れて国在り(杜甫「春望」パロディ)

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 春亡

山河破国在
城春森闇深
時感川涙濺
別恨啼鳥驚
峰火三月連
公書万金障
禿頭掻逆長
欲不勝五輪

 

山河破れて国在り
城春にして森氏の闇深し
時に感じては川が涙を注ぎ
別れを恨んでは啼鳥に驚く
峰火 三月に連なり
公書 万金に障る
禿頭を掻けば逆に長くなり
五輪まで勝えざらんと欲す

 

山河の自然が破壊されて国家プロジェクトはあり
与党の牙城は春を謳歌していながらも森氏と森友の闇は深く
時節に感じ入っては後任の川淵氏が「気の毒に」と涙を注いだ
別れを恨んでは鳥たちのさえずり(ツイッター)に驚かされ
野党からの不愉快な攻撃は三月に連なり
公文書の発覚は莫大な予算案に支障が出た
禿頭を掻いているうちに(橋本会長となって)頭髪は逆に長くなったが
ほんとは五輪開催まで持ちこたえてほしかった

 

 

 

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 ※原文

 黒川洋一編『杜甫詩選』(岩波文庫 1991年)参照

 春望  杜甫
国破山河在
城春草木深
感時花濺涙
恨別鳥驚心
峰火連三月
家書抵万金
白頭掻更短
渾欲不勝簪

国破れて山河在り
城春にして草木(そうもく)深し
時に感じては花にも涙を濺(そそ)ぎ
別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
峰火(ほうか) 三月に連なり
家書(かしょ) 万金に抵(あた)る
白頭(はくとう) 掻けば更に短く
渾(す)べて簪(しん)に勝(た)えざらんと欲す

都はめちゃくちゃになってしまったが山や河はむかしのままであり、長安には春が訪れて草や木が深々と生い茂っている。世の中のありさまに心を動かされてはおもしろかるべき花を見ても涙をはらはらとこぼし、家族との別れを恨んでは楽しかるべき鳥の声を聞いても心を傷ませている。うち続くのろし火は三月になってもまだやもうともせず、家族からの便りは万金にも相当するほどに思われる。白髪頭は掻きむしるほどに抜けまさり、まったくもってかんざしを受け留めるにも堪えかねそうだ。

 

【現代詩】 大変身 (詩集『ぼくはまなざしで自分を研いだ』収録作)

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   大変身

 

ある朝平凡なぼくが目覚めたら
ぼく以外の全員が虫になっていた。
それでこの世界でただ一人
ぼくだけおかしくなったと言われた。

お前がすこしでも我々を
わかってくれたなら良いものを。
人間であるという不備に
どれだけの触手が検診したか。

ぼくは汚辱の二足歩行で
昼のリビングの真ん中に立つ。
生身の皮膚が疲れることを
バッタたちの羽は解さない。

ぼくは冷蔵庫の横で
母の脱皮した殻を踏む。。            
夜着にもポケットがついているのだ。
ぼくはこの闘争でも敵側につく。

自分と社会とのあいだには
せめて硬化した服がいる。
窪んだみぞおちに中肢を生やし
朝食は巨大ヤスデの腹。

害獣の毛に抱かれて
妹はよろこびの体液を吐く。
人間よりも耐えられる者へ
ぼくは肋骨に脚をかけて投身する。

世界中ぼくには異形でした。
剥きだしの他人には耐えられません。

(後略)
                  人間

 

 

 

 

 

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note.com

(Photo by Pixbay)

【現代詩】私に人間を下さい

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私に人間を下さい
二月より短くてもかまいません

私に人間を下さい
慈愛によって野良猫に投げてやる残飯の速度で 
駐車場の脇に転がってもこちらで拾います
切って離れたところに飛んだ爪のぞんざいさで
持ち上げて髪の毛がまざっていても
指でつまんで引き剥がすのはこちらでやります

私に人間を下さい
あなたの友人につけられる利子よりも過小でかまいません
もし地上が不快さで充ちていなかった瞬間がつかのまでもおありの方なら
手持ちぶさたのときに輪ゴムを伸ばして暇つぶしした弾力よりも弱く
口笛を吹いたときのエネルギーの総量より少なくていいです
通りすがりに舌打ちされる際の口蓋の負担を分け与えてください

私に人間を下さい
虫の舌ほどの逼迫した密度でなくてもかまいません
色落ちしていても引きとります
私に人間を下さい
私が呼吸するのはそれからです。