愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【現代アート時評】千葉正也個展(東京オペラシティアートギャラリー) 他

 

千葉正也個展(初台/東京オペラシティアートギャラリー

f:id:kikui_y:20210209231423j:plain

オススメ度 ★★★★★

 会場に入ってまず目に入るのは、木製のダクト的な構造物に土が敷き詰められているインスタレーションと、緑の葉が茂ったいくつかの植木鉢である。一見豊かな自然があるように感じられるが、実際に敷き詰められているのは人工的な木材チップであり、植木鉢に囲われた植物も中空に置かれているため地面に根を張ることがない。この光景は野生的な印象に反して、人の手によって完全に管理された、自然物の破壊後の姿なのである。随所に置かれた監視カメラの明示を含め、コロナ禍で露わになったシステマティックな社会を時事的に批評した構成と読まざるをえない。

 会場全体を使って設営された絵画やオブジェは、不安定にぶら下がり・垂れ・落ちるイメージが反復されている。それらの余白に視認できないかたちで「描かれた」重力は見えない空気=ウイルスの含有への示唆だろうか。本来床に置かれて使われる電気マットは重力に抗して壁に飾られ、そこに単独でプリントされた医療従事者や警備員は微笑んで三本指を出す。それは「三密」を避けて生活しようという平和へのメッセージであると同時に、二本指のピース(平和)ではないという非常事態宣言下の苦肉の肖像でもあろうか。電気マットのコンセントにつながれて生まれる温度はどこまでも人工的であり、暖まるにも社会制度に組み込まれた発電設備が必要なのである。シュルレアリスム的なモノ尽くしを誇る千葉の絵画は、豊かな虚構に労が尽くされれば尽くされるほど、コロナ禍にあっては表層的な物質社会への相克に転じて皮肉となる。

 

www.operacity.jp

 

 

 

「教育三部作」展(清澄白川/東京都現代美術館別館)

オススメ度 ★☆☆☆☆

 

 東京都現代美術館の本館からは離れた所にある、ほとんどの人に知られていない別館での展示となるが、このまま人に知られないままでよかろう。映像作品が二点と、大規模な演劇上演から成る。

 映像の一つは「主人公たりえなかった子供たちのいるレイヤー」と題された長時間の作品。内容はひねりもなくそのままであり、実際にテレビ放映されたアニメ作品から、主人公のいない映像(レイヤー)の断片が集積され、垂れ流し状態で放映されている。ほぼ背景として描かれているために、子どもたちのほとんどは輪郭がブレ、顔がつぶれ、時として風景の一部と同化している。これを作品として評価するためには、稚拙な精神を持った作者の感傷に同調せねばならない。

 もう一つは贅沢にもVRを用いた作品「我らの少年達の生き延びる道を教えよ」。学校の教室を模した室内に座らされ、観客はVRゴーグルを着用。二時間弱の映像の内で、学校生活の三年間が高速で過ぎていく。四季の移り変わりや文化祭などに一部ノスタルジーが喚起されるが、全体としては授業の退屈さや教師への不愉快さ、同級生への苛立ちを感じる「日常」が強調して再現されている。時間が経つほど解像度は荒くなっていき、卒業式の日には、教室内の同級生達は幽霊のようにかすみ、窓の外の景色は幻へと変わっていく。本作の後味は、B級の青春映画からすべての娯楽的要素を抜いた苦渋である。

 最後は盛大な演劇作品「僕の今日」である。江東区内の本物の校舎を舞台に、教師や生徒全員が演劇を行う。来場者は校舎内を自由に歩き回って鑑賞。上映時間は一日につき2時間で、毎日午前中に、実際のチャイムを区切りとしてくり返される。役者(実際の教師や生徒)達は、一見通常の授業や休憩時間を過ごしているように見え、鑑賞開始時は単に日常の学校を歩き回っているだけのように感じられる。しかし実際には詳細な脚本によって緻密な演技指導が成されており、すべての言動が執拗に反復されている。教師が頭をかくタイミング、隣の席にいる生徒にちょっかいを出すしぐさ、休憩時間に教室間を移動する際の衣服のだらしなさなど、何気ない言動もすべて緊密な演劇である。はじめ理科室にあったノートは、いくつかの生徒を経て、終演時にはまた理科室に戻っていた。日々はループし、この学校に生きる者は誰一人として明日を過ごすことがない。これは不登校経験がある作家の心的外傷を放逐した狂気的な試みと思われるが、何よりもまず、完全に同一な授業を毎日行わねばならない子供達に同情する。このような作品に、大勢の人々と多額の都民税を費やすべきではない。

 

twitter.com

 

作品「アンチ」 #架空の現代アート

f:id:kikui_y:20210201153357j:plain



 

 

労働者階級の男達が大勢でデュシャンの「泉」をとり囲み、全員で小便をかける。

タイトル「オーダーメイド」

 

 

 

各家庭の便所に、学校の机・イス・ランドセルなどを設置する。

タイトル「クソ」 

 

 

 

逆に、「バンクシ―」と書いたネズミをオークション会場にばらまく。

 

 

 

キャンバスにバナナを貼りつけただけの作品を展示し、900万円の値をつけて販売する。

タイトル「モノマネ芸人」

 

 

 

ジェフ・クーンズの「バルーンドッグ」を(無断で)撤去し、周囲の建物や壁に破裂した風船のオブジェを張り付ける。

 

 

 

 

李禹煥作品を河原に還す。

 

 

 

軍の長官が書類を読み、PCを操作し、コーヒーを飲み、背伸びをするなど、事務仕事をしている様子が長時間続く映像。

タイトル「ジェノサイド」

 

 

 

公共の場に、空気、音、香り、霧などの非物質を用意し、「ご自由にお持ちください」と掲示する。

 

 

 

フィギュアスケートのエキシビジョンで「4分33秒」を演技。

 

 

 

美術館の来場者を、無作為に複数人で囲んでスマホ撮影する。

タイトル「アンチ・インスタグラム」

 

 

 

風景を平面に見せ、あらゆる現実を写真的な二次元として鑑賞させる特殊なゴーグル。

タイトル「アンチVR」

 

 

 

ペッパー君が骸骨の頭部をハンマーで粉砕し、アシモが人骨をかじるなど、ロボットたちが人間を破壊する地獄絵図。

タイトル「人間はどこから来たのか、そしてどこへ行くのか」

 

 

 

実際の記者会見や国会質疑などを、CGを用いて広大な室内でポツンとおこなわれているように見せる。コンサート会場の最後列からステージを見るような遠景で、大まかな人の動きしか認識できない。

タイトル「遠くから見れば喜劇」

 

 

 

コント番組やコメディ映画などで使用された、室内のセットを撮影した写真集を制作する。すべて無人の室内だが、一部に実在する家庭内の写真を混ぜ、虚構と現実の境目を曖昧にする。

タイトル「喜劇」

 

 

 

 

———————————

喜久井ヤシン Twitter

https://twitter.com/ShinyaKikui

 

 

 

 

 

性別越境美術館 「男性器のある裸婦像」展 #架空の現代アート

 

※18歳以上の閲覧を推奨します

 

f:id:kikui_y:20201227125325j:plain

 

君ははじめ 女性として創り出されたものだが
制作の途中で 「自然」は君にほれこんでしまい
お添えものをつけて 君を私から奪いとってしまった
私には何のようにも立たぬ 一つの物を付け加えて——

シェイクスピアソネット集』中西信田朗訳)

 

    ♢

 

同一のAVを加工し、 「生殖器が男性の美女」と「生殖器が女性の美男」の二本を制作し、並置して放映する。鑑賞者には一定時間、自身の反応を感受させること。

 

 

    ♢

 

同一のAVを加工し、「体が老婆で顔が美女」のポルノと、「顔が老婆で体が美女」のポルノの二本を制作し、並置して放映する。鑑賞者には一定時間、自身の反応を感受させること。

 

 

    ♢

 

男性と女性の二名が性交するAVを加工し、両性の性別的な特徴が二者の内で流動的に変化する映像を制作する。性交している途中で骨格・性器・乳房・頭髪などが変化し、鑑賞者に性別を判断させない。

 

 

    ♢


植物との性行為を描いた壁画や、植物に性的な演出をほどこした映像および博物を制作し、草花を性的に愛でる「植物性愛」の文化や歴史的イメージを構成する。

 

 

    ♢

 

①「朗読の音声」と「映像の音声」を連動させ、映像内で音が発生したときに、「朗読の音声」だけがスピーカーから聞こえる仕組みを作る。

 

ハイデッガー全集第58巻収録「現象学の根本問題」の朗読音声と、無関係のAVの性交場面で、特にセリフや音(あえぎ声や肉体の音)の多い場面を抜き出したものを用意する。

 

③ ①の仕組みで②を連結させる。

 

④ 展示の際は、ハイデッガー全集の第58巻とAVのDVDジャケットを並置させる。

 

⑤ 美術館内の最も真面目な雰囲気の展示室に設置して放映する。

 

 

    ♢

 

性的なビデオに登場する水着や裸の人物に、CG加工で服を着せた映像を制作する。「野外露出」を無意味化させ、服の生地だけがアップで長時間映る。

 

 

    ♢

 

肉欲が行為するとき それは恥ずべき荒野のうちに
霊の精気を濫費する また行為にいたる前には 肉欲は
偽誓的 殺人的で 血なまぐさく 罪悪に満ちみちて
野蛮で 過激で 粗暴で 残酷で そして不信を極める
シェイクスピアソネット集』)

 

 

    ♢

 

美術史上の人物の性別を越境させて再制作し、歴史上のジェンダー役割の差異を露悪的に可視化させる。

全身が望ましいが、例として以下に顔のみの修正画像(スマホアプリFaceAppによる性別的特徴の強調)を例示する。

 

f:id:kikui_y:20201227124101j:plain

 

f:id:kikui_y:20201227124119j:plain

 

f:id:kikui_y:20201227124130j:plain

 

f:id:kikui_y:20201227124144j:plain

 

f:id:kikui_y:20201227124156j:plain

 

f:id:kikui_y:20201227124206j:plain

 

f:id:kikui_y:20201227124215j:plain

 

f:id:kikui_y:20201227124224j:plain

 

 

    ♢

 

こうしたことは誰も知っているが 知っていてもやめられぬのか
地獄まで連れていかれるこの天国を 避けたものは誰もない
シェイクスピアソネット集』)

 

 

   ♢

 

 Twitter

twitter.com