愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【現代詩】「寒蝉鳴(ひぐらしなく)」

   寒蝉鳴


六十年後の子孫たちが
ある昼下がりにほがらかな顔をして
私たちの今日を戦前だったと言っている

あれはまだスマホしかなかった頃
のどかにも東京と書けた頃
親たちの親たちとその親たち
今よりも無恥だったプロローグ

まだ会釈が通じるなんてさいわい
茶菓子などつまむひ孫たちだけど
戦後の方と戦前の方と
そのメダリストの話はごっちゃだ

母親は記憶できるものがなく
息子は思い出せるものがない
授業でディベートなどしているあいまに
そろそろ次の戦前を知っていく

律儀にアニメの再放など観て
わかったことにして悲しんでみる
九〇〇円なら花くらい飾り
善良なことにしてジュースを買う

昔話のしょせん他人事
たつきさん て親友なんて
実子たちにはあとかたもない
戦後などゼロ日目のおじいちゃん

希望のあとかたもなく雨が降り
絶望のあとかたもなく九段坂

出産予定日がもう来月だと
やたらのんびりに娘が言った
思い出さねばならないものを
覚えてもいない酷薄な生(あ)れ

その瞬間にも葬儀していた
歴史にひるまない無辜の紅(あか)
産声はかつて一度として
黙祷にかきけされたことがない

さかのぼること六十年前
ある昼下がりテラスに出て
私はほがらかに油断した。
親友の失敗話など記憶して
熱めの茶など飲みながら