諷刺家ファイルNO.78 風間サチコ ※敬称略
風間サチコは、1972年生まれの版画家。モノクロの木版画によって、現代日本をターゲットに据えた諷刺的な作品を発表している。2018年には初の作品集『予感の帝国』(朝日出版社)が出版された。
独特なポイントを三つあげるとしたら、
①版画は通常何十枚も刷られるものだが、風間サチコは一作しか残さない。
②作品集表紙の「ディスリンピック2680」は、横幅6メートルを超える超大作。
③作家自身による解説がなければ理解できない、出典不明のマニアックな引用が大量。
構図や人物造形には謎の引用が大量に仕組まれており、西洋哲学から昭和の少年漫画まで、イメージが無節操に投機されている。
たとえば「ディスリンピック2680」では、東京オリンピック、原子力産業、ダンテの「神曲」、パルテノン神殿、戦時中の学徒壮行会、「石女(うまずめ)」などを参照。さらに画面の中央付近では、何かの漫画から影響を受けたとおぼしきキャラクター、日出鶴丸クンが、祝典の人間大砲となって太陽に向かってぶっ飛んでいく。
雑誌「芸術新潮」(2016年4月号)のインタビューでは、『芸術は爆発だ』という名啖呵に対して、中村宏の『芸術は不発弾だ』という言葉を引いている。今この瞬間に意味を持つ作品のあり方とともに、数十年の時を経て発掘され、人々を困惑させる遺物としての作品存在を支持している。
私が作品を直接鑑賞したのは、森美術館の「六本木クロッシング2013」、横浜美術館の「ヨコハマトリエンナーレ2017」、昨年末に開催されたナディッフでの個展の計3回。個人的に魅かれた作品は、ガッコウの残酷さを描く『獲物は狩人になる夢を見る』と『スクール・ウォーズマン』だった。
上履きに画鋲という昭和的ないじめのイメージに、鉄仮面をつけた女学生がアクションマンガ的な蹴りをいれて逆襲している。解説によるとタイトルはニーチェの引用で、別の『スクール・ウォーズマン』の方は尾崎豊の「卒業」に対する批判がこめられているという。風間サチコ以外の誰がニーチェと尾崎豊を並べるだろうか。想像力の闇鍋となっている。
高尚で近寄りがたい現代アートではない。スマホアプリで見るマンガのように、風間サチコ作品は視覚から簡単に入り込む。しかしそこには出典不明な異物がひしめいており、高速でスワイプする目線に待ったをかける。おどろおどろしくもどこか滑稽なイマジネーションのるつぼとなって、何がなにやらわからない百鬼夜行的な妖しさと愉しさがひしめく。
「観る」こととももに、「読む」ことへいざなうアートだ。
関連サイト
風間サチコHP「窓外の黒化粧」
多数の作品を鑑賞できるサイト「無人島プロダクション」