愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

中村佳穂 いのちの歌としての『きっとね!』の歌詞の意味

今回は、中村佳穂さんの代表作「きっとね!」の歌詞のリミックスをおこなう。

 


Kaho Nakamura - Kittone! [Official Music Video]
「きっとね!」(作詞:中村佳穂 作曲:中村佳穂 荒木正比呂)公式MV

 

中村佳穂さん自身がインタビューで語っているように、歌詞に決まった意味があるわけではなく、こまごま考えるよりも音に身をまかせた方がよほど良い。

ただそれはそれとして、普段詩を書いている私はどうしても歌詞が気になってしまう。

なので試みとして、今回は原詞に書き下し文を追記するかたちで深読みしてみる。

 

私にとって「きっとね!」は、いのちがテーマの歌だった。

いきなりそんなことを言うといかがわしく感じられるかもしれないが、性交とか月経とか出産とか、現実の出来事から生じるテーマだ。

(「触れる」・「痛み」などの歌詞に性的なニュアンスもあるが、今回その解釈はとらない。)

 

歌詞の冒頭に「懐かしい場所に着いたなら」とある。

思い出したのは、室生犀星(むろうさいせい)という詩人の『故郷(ふるさと)は 遠きにありて思ふもの』という一節だ。

ここでいう「故郷」は、たんに実家のある場所のことではない。

「生まれる前にいた場所」というほどの意味で、言ってみれば「生命の故郷」にあたる。

「そのいのち」などが収録された『AINOU』全体の構成を考えても、生命(いのち)を歌っているという解釈はできると思う。

 

というわけで以下だ。

 

 

【言葉のリミックス】中村佳穂「きっとね!」書き下し文Ver.

(原詞を太字で表記)

 

いのちのいちばん奥のところに

何度も何度も何度も触れるんだ

いつか生まれてくる前にもいた

懐かしい場所に着いたなら

 

いのちのいちばんおいしいところに

何度も何度も何度も触れるんだ

いつか好きな人ができたなら

 

きっとね!

自分でも知らなかった自分に驚くくらいの

いのちの秘密は多い方が面白いと思うんだ

どうだろう!

たくさんの悲しみを知っている方が

優しくなれるかもしれないよ

いつかね!

ぼくのいのちが帰らなくてはならないところを思い出した時に

失敗の多いいき方をしてきたのだと悔やんでも

それはそれだけ挑戦をしてきたっていうこと

きっと苦しいくらいが丁度いいのだと思うよ

 

苦しい夜を越えて いき延びるたび

きつい昼を越えて いき延びるたび

ぼく自身でも知らない秘密をあちこち

たくさんの人と出会っていく 未知の街に隠したいの

何でもない一日をいき延びるたび

ささやかな日常をいき延びるたび

きっとこの望みは自然に果たされている

 

人間(ヒューマン)っていう言葉のルーツは

ラテン語で土(フムス)を意味するんだって

ぼくは君と一緒になってたくさんの土を掘りかえしては

いのちの意味を確かめていきたいと思う

 

未知の街に行った あやうい一日をいき延びるたび

未知の君を知った あやうい一日をいき延びるたび

自分でも知らなかった秘密をあちこちらから

何よりもぼく自身から見つけてみたいの

土の中に眠っているお宝や

未来からやってきたタイムカプセルみたいな

とっておきの秘密を見つけて

掘りかえしては君にさしだす

そして君に預けることで共有してみたいの

 

きっとね!

未来に隠されている予測不能秘密は多い方が面白い

どうだろう!

壊してはならないものを知っていくぶんだけ

手に入れたものにも優しくなれるでしょう

いつかね!

懐かしい場所にまた帰らなくちゃいけなくなり

離ればなれになるのだと思い出した時に

ぼくたちが秘密を共有していることによって

このいのちからは苦しいくらいの別れの痛みを頂戴したいもんだね

 

きっとね!

これまでぼくたちが知らなかったような

いのちの秘密は多い方が面白いと思うんだ

どうだろう!

くり返し別れていく昨日の弱さによって

ふたたび出会っていく明日に強くもなれるでしょう

いつかね!

君のいのちが帰るところを思い出し

もうこれでお別れになるのだと分かった時に

ぼくがぼくだったことの悔しさと

君が君だったことの嬉しさによって

苦しいくらいの痛みをぼくに頂戴

最後に君からさしだされた

とっておきの秘密をぼくは共有してみせる

それがどれだけ途方もない痛みだったとしても

きっとね

 

 

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 (画像 Pixaday)

 

   備考

・歌唱(発話)の変化を解釈に反映させている。「痛みを頂戴」が歌詞としては同一でも、音節の強弱で意味のとり方を変えた。

・「いのちのいちばんおいしいところ」の表現は谷川俊太郎の詩「たましいのいちばんおいしいところ」から拝借している。

腐葉土=HumusがヒューマンHumanの語源。「未来からのタイムカプセル」という一文とともに、原詞とは無関係だがつけ加えた。

・仏典では、「解脱した先の世界」のことをよく「都」という。歌詞中の「街」を「都」と読めばもう一歩深い意味になるが、そこまで宗教的な解釈にはしなかった。

・原詞は「生き延びる」ではなくひらがなで「いき延びる」と表記されている。これを「息 延びる」「行き 延びる」と読むとまた全体が変わってくる。

 

 

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