愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【現代詩】矜持集

 

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止まない雨があったとして
それが何だっていうんですか。
明けない夜があったとして
それが何だっていうんですか。

全身はいつだって全身だし
全霊はいつだって全霊です。
全身全霊で雨の夜を行く
かつてそうでなかった日などありません。

 

   ♢

 

その墓代を今日くれ
香典ではなく。
その言葉を今日くれ
弔辞ではなく。

人間は明日では遅すぎる。
スニーカーでやってこい
ビニール袋で持ってこい
僕の今日にはお前の今日を今日くれ。

 

   ♢

 

「朝は晴れていても
傘を持ってでかけましょう」という気象予報士
そうだ 今は晴れていても
いつだって傘を持って出かけましょう。

明るい日ばかりつづくのではないと
とっくに知っている年でしょう。
そして雨に打たれている友達がいたら
閉じた傘を差し出して共に濡れましょう。

 

   ♢

 

喪に服している場合か。
子供の死体をしまい込み
花束の一つや二つたむけて
手などあわせている場合か。

黙祷できる暇があるなら
子供の涙を踏みしめて
死体を踏み台にして飛べ。
生者とは生きている者のことであると云え。

 

   ♢

 

私は骨をも泣かばならない。
人体にないはずの悲を痛み
涙が仕組みごと壊れ
胸骨が溶けて子宮に滴る。

一万の眠りも慰めを生まずに
なぜまた眠りの死に耐えよう。
体が体であることの不治に
悲は鬼。

 

   ♢

 

あなたの願いが叶いませんように。
片思いを隠し続けた三年間や
世間話をごまかしつづけた六十年間など
全部粉砕されて無価値になってしまうように。

あなたの願いが叶いませんように。
いつかあなたの隠蔽が成就して
異性愛者として家族から埋葬される一生など
粉微塵になって破壊されてしまうように。

 

   ♢

 

お前はゴキブリであってくれ。
どんなにか汚くあったって
この世の隙間で生き延びて
忘れたころにやってこい。

お前はゴキブリであってくれ。
三億年もを人間の隙間で生き延びて
俺が一人でいるときに
とんでもないところからジャンプしてやってきてくれ。

 

   ♢

 

声に被災して 
沈黙に座礁した。
多すぎる黙(もだ)が声を殺し
多すぎる声が黙を殺した。

言葉でも読めよ。
生きていくまえに。
言葉でも書けよ。
死んでいくまえに。

 

   ♢

 

僕は生まれてから
一度も笑ったことがない。
花が咲いていたことがない。
頭上に太陽が昇ったことがない。

決まりきった明日と
あざなえる昨日に
挟まれた今日を
誰も生きていくことはできない。

 

   ♢

 

女から産まれたなら
あんたにもわかるはずだ。
結石が涙腺を痛めている。
あんたは液状の石を流したか?

国のために産んだのではない。
数のために産んだのではない。
あんたにもわかるはずだ
女から産まれたなら。

 

   ♢

 

毎日毎日に命をとりくずし
顔が顔のまま顔だけが死ぬ。
心臓だけが熱病に病み
瞳孔だけに火事が燃える。

悲しみのために生まれた獣が
死ぬまぎわだけ火の夢を見る。
人体実験をするなら
そこまで記録しろよ神。

 

   ♢

 

誰か僕の言葉を日本語に訳せ。
お前たちの母語でないものでしか話していないから。

 

   ♢

 

知っているか
かつてはこのような者でさえ
憎悪のように若かった。
憎悪のように若かったんだ。

いさぎよい魂などいらない。
命は沸々と煮えたぎっている。
この者はまだ人知れず若いんだ。
今もなお虎視眈々と若いんだ。

 

   ♢

 

あんたの死に耐えられる方法が何一つない。
山に穴をあけろというくらいに
夏に雪を降らせろというくらいに
この無力さは空ほどなすすべがない。

生には生でしか敵わない
死には死でしか敵わない。
この世に一人でも教師がいるなら
せめて無力さの手立てを教えろ。

 

 

 

 KIKUI Yashin 2021 / Photo by Pixabay