愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

〈風刺映画〉の監督ベスト11

今回は、映画史上最高の「諷刺」を描き出した監督11人をピックアップする。
ツイッターhttps://twitter.com/ShinyaKikui )と当ブログでまとめている「諷刺家備忘録101」の84~94番。

 

No.84 チャーリー・チャップリン

映画史に残る不滅の「喜劇王」。
『モダン・タイムス』(1936年)で歯車の中を通っていく労働者像を見せ、『独裁者』(1940年)では地球儀で遊ぶ政治家のワンシーンを残した。貧しきチョビヒゲ男が金持ちを翻弄するドタバタ喜劇は、諷刺をふくめたすべての映像表現の歴史を変えた。

チャップリンという例を見ても判るやうに、天才的な道化はしばしば天才的なジャーナリストなのだ。(丸谷才一

映画独自の諷刺を生み出した、最初にして最大の人物はチャーリー・チャップリンである。(M・ホジャート)

独裁者 The Great Dictator [Blu-ray]

 

No.85 マルクス兄弟

代表作『吾輩はカモである』は、政治風刺映画の古典。グルーチョが自国の兵士を得意げに打ちまくるラストなど、物語の狂乱は国家の狂乱を反映しているといえる。公開は1933年で、世界恐慌の真っただ中。大衆が笑える時代ではなく、商業的には大失敗だったという。レオ・マッケリー監督のスラプスティックな演出力が栄えるが、山盛りの笑いの中に、笑えない諷刺風味のスパイスが混ざっている。
 

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No.86 スタンリー・キューブリック

幾多の問題作を世に送り出した監督。『博士の異常な愛情』(1964年)は、シリアスな原作だった『破滅への二時間』を「悪夢のようなコメディ」ととらえ、風刺作家のテリー・サザーンの脚本協力によって強烈なストーリーに生まれ変わった。『2001年宇宙の旅』などの作品でも見せた、SFらしい壮大な構想力が発揮されている。

博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか (字幕版)

 

No.87 ロバート・アルトマン

1970年に、戦場ど真ん中のイカれた軍医達の喜劇『M★A★S★H マッシュ』が大ヒット。しかし喜劇にとどまった作家ではなく、深刻に描かれた『ショート・カッツ』や『プレタポルテ』などで、個性的な監督としての評価を高めた。比喩的な意味でも衣服的な意味でも丸裸の人間をとらえた過激な群像劇は、消費社会と喪失の時代を描いて哀感がまじる。

マッシュ [DVD]

 

No.88 チョ・ポムジン

アニメ映画「アーチ&シパック ウンコ大戦争」という作品がある。チョ・ポムジン監督が残した唯一の長編だが、諷刺的で激しい映画を求める人は見るべきだ。

本作はエネルギー源がウンコだけになった世界で、ウンコを求めたクソ闘争がくりひろげられるアクション脱糞大作。ウンコと血にまみれたこの作品が発するメッセージは一言だけ。世界に対する「クソ!」である。
 

アーチ&シパック 世界ウンコ大戦争 [DVD]

 

No.89 トレイ・パーカー&マット・ストーン

アメリカのコメディアニメ「サウスパーク」の制作陣。
毎回時事ネタと侮辱語が粗雑なアニメーションによって乱舞する。親が子どもに見せたくないタイプの、お下品アニメの代表格である。
劇場版の「サウスパーク 無修正映画版」(1999年)は地獄とカナダを巻き込んだ壮大な展開で、フセインと赤鬼のベッドシーンなど、風刺のナイフを真正面から刺し、なおかつ人気も得た。「アンクルファッカー」、「カイルのババアは腐れビッチ」、「ヤク中の浮浪者人生はごめんだろ」など、ミュージカルアニメ史上最低の言葉による名曲がそろっている。

サウスパーク 無修正映画版(字幕版)

 

No.90 ミヒャエル・ハネケ

パルム・ドール受賞など、国際的評価の高い映画監督。
「セブンス・コンチネント」(1989年)、「ファニーゲーム」(1997年)など、生命に価値を認めない冷徹な視線がキャリアを貫いている。静的で硬質なカメラの眼が、いかなる弛緩もゆるさない哲学者のような潔癖さで世界を構築。殴打や流血だけではない、本質的な意味で人間に加えられる「暴力」を描き出している。

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No.91 トッド・ソロンズ 

居心地の悪さを描かせたら右に出る者のない監督である。
「ハピネス」(1998年)など、人生に打ちひしがれた人々が、「笑える」のではなく「笑うほかない」喜劇に追放されている。善意と悪意を同時に欠如した人間像を見せられることで、左派的な道徳観が揺さぶられるような鈍痛にあう。
 

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No.92 マイケル・ムーア

ボウリング・フォー・コロンバイン」(2002年)などのドキュメンタリーで知られる映画監督・活動家。
明確な反対意識をもってブッシュ政権や資本主義をターゲットにし、多くの人に伝えるためのスピーディでわかりやすい脚本を作り出している。だが作品を生み出す原動力となっているのは、伝えるべきことを伝えるための、ムーア自身の情熱だ。

マイケル・ムーアの世界侵略のススメ(字幕版)

 

No.93 サシャ・バロン・コーエン

現代英国のコメディアン。
カザフスタン人に扮してアメリカ文化に突撃する「ボラット」、ゲイに扮してアメリカ文化に突撃する「ブルーノ」など、ドキュメンタリーコメディ映画の傑作がある。幾度突き進んでもネタがあふれているのは、喜劇の異常さが到達できないほどの、アメリカ文化の異常さが異常なためだ。

ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習 (吹替版)

 

No.94 ウディ・アレン

1935年米国生まれ。近年のプライベートなトラブルを別とすれば、半世紀以上第一線に立っている偉大な映画監督。高純度の喜劇的脚本を尋常でないペースで大量に生み出し、映画の文法そのものに多大な影響を与えた。
初期の『バナナ』や『スリーパー』等で描いた笑劇は、時に馬鹿らしさを貫いて最高水準の諷刺にまで到達している。
 

ウディ・アレンのバナナ [DVD]