愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【現代詩】不要不急の薔薇

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   不要不急の薔薇

薔薇は担保にならない。
紙幣でもなければPayPalの1円にもならない。
不動産の契約書ではないしAmazonポイントでさえない。
ボードレールの全行は人生に如かず
飢えている者にとって文學は無意味だ。

詩の言葉は徹底的に役立たずであり
試験と違って暗記したところで点数にならない。
あらゆる書物の万言はあんたに何一つ強要しない。
いくら暗唱できたところで金にも株式にもなりはせず
子孫が受け継ぐ遺産相続で誰からも相手にされない。

金を稼げないあんたが馬鹿だと罵られようが
正社員どころか非正規にもなれない不能者だろうが
生産性と効率性を求められて果たせなかろうが
無価値なあんたにふさわしく藝術に価値はない。
野薔薇は合理性も考えずに無料で咲き誇り
いかなるときも値札の付かないあんたと釣り合っている。

本一冊 歌一首 書一筆 絵一枚 歌一曲
それらはあんたがいくらくり返し思い出そうが追加料金をとらない。
あんたが妻子も家もなくして無一文になっても
記憶はいかなる借金取りも取り立てない廃物であり
質屋はあんたの感涙を一瞥だにしない。

たとえばろくでもない半生のあんたがあてどなく昼間の川べり歩いているとする。
そこであんたは無名の誰かがろくでもない曲の演奏をしているのを聞く。
音色はすぐさま風に消え去って誰からも覚えられることがなくこの世に重さを残さない。
その曲はピアソラ好きのアジアのプログラマーが気まぐれに作った
ルノワールの油彩を思い出しながら構想された能天気なギターの楽曲で
金を稼げずに死んでいった無名の舞台役者が演じた一人芝居に影響を受けた
とかいいつつマリオカートをやっていた片手間に余興で作曲した一曲で
レオス・カラックスの映画を観ているときに主旋律を思いつき
恋人からもらった変な形の陶磁器に盛り付けたミニトマト添えツナサラダを
むしゃむしゃとお気楽に食事した後に完成させたという一世一代の
駄作だ。
たとえばそんな一曲をあんたが聞いたとする。
その不要不急の藝術は全世界のどんな小銭も換金を受けつけない。
あんたはどうしようもない一日にそんなどうしようもない音楽を聞く。
そして
そしてその野薔薇は一円にもならないあんたの一生から一円もとらない。

 

 

 

 

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う文化的な防衛活動の実施4 KIKUI Yashin 画像 Pixbay)