愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【散文】特に救いはないショートショート集

今回は、現代詩ではなく散文(ショートショート)です。詩を書いたときに出てきた削りカスであり、粗雑なものですが、まとめると掌編風になります。お時間ある方はどうぞ。

 

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   西の大泥棒と東の大泥棒

あるところに、西の大泥棒と、東の大泥棒がいました。
二人の大泥棒は、どんなものでも盗みだします。
西の大泥棒が、東の町から宝石を盗んだ日には、東の大泥棒も、西の町から宝石を盗んでいました。
西の大泥棒が家一軒をまるごと盗んでいった日には、東の大泥棒も、家一軒をまるごと盗んでいました。
双方は同じ日に、同じものを盗んでしまうのです。
そのため、西の町も東の町も、毎日盗み、盗まれながら、町のようすは変わりません。
そうやって何世紀ものあいだ、宝物も、文化財も、伝統も、国も、盗まれつづけながら、人々は犯罪のなかで平和にくらしていました。

現在進行形なので、この話の結末はまだありません。

 

 

   痛み

「痛みのクズ入れ」があってね、ポイポイと捨てて使っていたんだ。
クズ入れが溜まってもべつに問題なくて、回収してもらっていた。
どこにいっていたかは知らないけど、なんとなく外国だと思ってたよ、バングラデシュとか中国の辺境とか、どこか遠くの方に。

ある時失業してさ、いっぺんにお金がなくなった。
すぐ復職できるだろうと思ってたけど、そうもいかなかったな。
食うためには職に就くほかないだろ。
いやあそれにしても、世の中にこういう労働があるとは知らなかった。
ぼくは今とても痛い。

 

 

   作り手

あいつは小さなころからうまい彫刻家でね、人物でも動物でも、あっというまに造り出すことができた。
抽象のオブジェでも、たとえば「勇気」をテーマにしたら、間違いなく、これぞ「勇気」だと思えるものができあがったんだ。
彫刻家はいつしか、あらゆるもの、未知のものでも、何でも造り出せるようになった。
ある時一世一代の大作に乗りだして、その彫刻家は「ゼツボウ」というやつを作るのだといって、姿を消した。
あらんかぎりの時間をかけて、彫刻家は力をつくした。
それが成功したかって?
わかってるだろ、鏡を見なよ。

 

 

   本

むかしむかしあるところに、人類がいました。
世界とは誰も手にとったことのない本であり、すべてを読んだ人はいません。
書いた人が誰かもわからないし、どんな文字なのかもわからない。
にもかかわらず、誰もが物語を知っていたので、生きていけました。

ある日、全世界がふいに終わりました。
本が閉じられたのでした。

 

 

   仮面師

仮面をつけかえると、それが本当の顔になる人がいた。
体つきも変わるし、動物のお面で、本当の動物になった。
犬にもなったし、魚にもなった。
病人にもなれたし、大統領にもなれた。

自分の顔がわからなくなったので、新しく作ることにした。
世界中を見てまわって、いくつもの自分の顔をつくりだした。
それらは仮面師を世界一にする仮面だった。
ある時死者の仮面をつけたら、はずれなくなったので、この物語もおしまい。

 

 

   近道

「いいぞ、急いで!」「こっちが近道だぞ!」といった声援を受けながら、彼は走った。長い道は希望と可能性に満ちており、彼の行く末はかがやかしいものだった。
「こっちが正しい道だ!」「ここからはしばらく一本道だ、正念場だぞ!」と、多くの信頼できる人たちからの声があった。いくつものアドバイスのおかげで、彼はどれほど複雑な道でも迷わなかった。
彼は力強い脚で走りつづけた。時計を気にしながら、汗をかいて、憔悴して。時に倒れている人を踏み越えつつ、足を止めることなく、彼は努力をつづけた。

「あとすこしだ!もうひとふんばり!」「この坂道を越えたらゴールは近いぞ!」
長い旅路を経て、彼は長方形の穴にたどりついた。彼は時間をムダにしないようにすぐさま穴の中に倒れこみ、効率的に眠り込むと、手際のよい同僚たちによってテキパキと埋められ、その上に大量生産型の墓石が置かれた。すみやかな弔いがすむと、残った人たちはやってきたばかりの若い者に向きなおり、「さあ急ぐんだ、向こうが近道だぞ!」と叫んだ。

 

 

   画家の一生

若い画家の絵は細密を極めていった。
完成するまで絵は出さないと決めていた。
一作に万物をつぎこんでいた。
完成した時には年老いていた。
この世で最上の絵画だと思えた。
傑作を観ながら画家は老衰死した。

残された者は、狂人の部屋に残された画布を見つけた。
真っ黒だったので、捨てた。

 

 

   名刺

初めて会ったときには名刺を渡してあいさつをし、二時間ほどがたつと、「それではまた」と言ってにこやかに別れの握手をしました。それが実母との唯一の思い出です。

 

 


   掟の門

「この門は、おまえひとりのためのものだったのにな」と男は言った。
だが門番は目だけではなく耳も使いものにならなくなっていたので、聞きとることができなかった。

 

 

   喪主

私は12歳で母の喪主を務めました。

 


   人間

おそろしい怪物であるスフィンクスは、旅人に問いかけた。
「朝は四本足 昼は二本足 夜は三本足 この存在とは何か」
勇敢な旅人は、ひるむことなく堂々と答えた
「人間。それは人間だ!」
スフィンクスはにわかな落胆を見せて、短く「違う」と言った。
旅人はうろたえた。
「それでは何だ!他にどんな答えがあるというのか!」
いくら叫んでも、スフィンクスは巨大な沈黙をするばかりだった。

旅人は真の答えを知ることもなく、先に進むことも、退くこともできなかった。
歳月が経ち、旅人は衰えた。
「もはやわたしの命は残り少ない。最後に教えてくれ。ほんとうの答えは何だったのか。人間ではなかったのか?」
スフィンクスの岩の沈黙は動かず、言葉はなかった。
旅人は息絶えた。