愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【本】「行く」が能動態で「行かない」が中動態? 中動態から見る「教育マイノリティの世界」②

中動態から見る「教育マイノリティの世界」/國分功一郎著『中動態の世界』読書メモ②

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「不登校新聞」のインタビュー記事 に刺激を受けつつ、中動態から見た「教育マイノリティ(不登校)の世界」を見ていきたいと思う。なお私は七歳からガッコウに行っておらず、哲学の勉強も自習(?)しかしていない。哲学教授とかの話がよければそっち系のブログへどうぞ。

 

中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)

   バンヴェニストの分類による「行く」と「行かない」

 私は子供の頃、ガッコウへの登校圧力を受けて「行きたいのに行けない」心身の状態を体験したことがある。ガッコウへ「行く」ことができれば良い子とみなされ、「行かない」なら最悪でダメでどうしようもない子になる。

 ここでは「行くか行かないか」の対立関係について考えておきたい。

 言語学者のバンヴェニストは、『動詞の能動態と中動態』の中で、能動態のみでしか表せない動詞と、中動態でしか表せない動詞をピックアップしている。(86p)
 その表によると、「行く」が能動態の動詞で、「故郷に帰る」が中動態の動詞に分類されている。「私」(主体)がいる場所を移動するという点では同じはずだけれど、能動態と中動態に分かれる?この判別は何によるのか。
 著者の説明としては、『能動と受動の対立においては、するかされるかが問題になるのだった。それに対し、能動と中動の対立においては、主語が過程の外にあるか内にあるかが問題になる。』(88p)
「するかされるか」ではなく、「内か外か」の分類であるという。「能動態か受動態か」の説明には出てきそうにない分け方だ。
 著者は、能動のカテゴリーに入っている言葉で「曲げる」や「与える」を挙げる。『これらは主体から発して、主体の外で完結する過程を示している。』行為の完結するところが外にあり、「外か内」かで外=能動となる。

 ギリシア語で能動態の「行く」(英語のgoに似ているという)は「どこかに行ってしまう」・「立ち去る」のニュアンスがある。『言葉の発せられた先(聞き手)のあずかり知らぬところに及ぶのであって、その意味で動作が主語の占めている場所の外で完結することを含意しているのだろう。』(88p)「私」の外で終わるもののため、外=能動となる。
 けれど、「戻ってくる」というニュアンスがある言葉(英語だとcomeに対応する)は中動態のみの動詞に分類される。『動作が言葉の発せられた先に向かうという意味で主語が動作の座としてイメージされるのだろう。』(89p)という。(このへんの話だけだとわかりづらいが。)

 他の中動態の例だと、「欲する」や「畏敬の念を抱く」が中動態に分けられている。バンヴェニストの中動態の定義の一つを見ると、『主語はその過程の行為者であって、同時にその中心である。主語(主体)は、主語のなかで成し遂げられる何ごとか――生まれる、眠る、想像する、成長する、等々――を成し遂げる。そしてその主語は、まさしく自らがその動作主である過程の内部にいる。』という。中動態の「私」は、何ごとかの内部にあり、行為者でもあれば中心でもある。
 「私は故郷に帰る」という文の場合、それは移動をするという点で能動みたいではあるけれど、「私」は「帰る」ことの内部にいる。その点で内=中動に分類されるのだろう。

 何が能動態で何が中動態か……仕分けが重要なわけではないが、ガッコウへ行くか行かないかの分断に苦しんできた身としては、この(本全体の中でも地味な)箇所に注目したい。この分類からすると、ガッコウへ「行く」が能動態で、「行かない」が中動態でありうるためだ。

 ガッコウに行かず家で一人で過ごしている子供がいたとして、それが自らの能動的な行為でないとみなされるなら。……私はそこに、子供の「行かない」状態像を刷新する風景をかいま見る。教育マイノリティの子供に対して、これまで「(能動的に)登校拒否の選択をした」みたいな話がされてきた。けれどそもそも「行かない」行為が能動でないなら、それらの主張の意味に脱臼を起こさせる。この中動態による関節技は、たぶん自己責任論がどうこう言っている人になら特に効くはずだ。

 (「行かない」の分類などほぼすべての人にとってどうでもいいことだろうけれど、)中動態のメガネを実装すると、細部の見え方が変わってくる。自分のどす黒い子供時代が不意に景色を変えて、私は味わったことのない新鮮な世界の感触を得る。

 

   つづく(次回 9月9日更新予定)

 

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