愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【現代詩】『イーロン・マスクの火星移住プロジェクトに対する私的な反対意見』

   イーロン・マスクの火星移住プロジェクトに対する私的な反対意見


私ずっと沈黙そっくりの怒号をあびているみたいだった。
子供の頃に受けた男性からの叱責が今でもよく聞こえていて
大人になってからも余震みたいに私に残響してくれている。

安い下着履いてワンデーアキュビューはずしたあとは
100均でも売ってそうな夜にくるまって十時過ぎにもう寝る。
WEBの動画ではイーロン・マスクとかいう偉い人が
ダークスーツ着て人類の火星移住計画をプレゼンしていた。
それはともかくとして私は布団の中で半分だけ自慰する。

語るべき言葉と語れない言葉の両端が多すぎて
私は結局のところ沈黙でいっぱいの多弁を弄する。
履行義務のための緘黙に気づかないふりをしつつ
失恋した日の夜と同じ哀哭に寝返りをうつ。

最大公約数になるまで正答に約分された
女性という言葉に定住するための賃貸契約。
不動産屋の掌には毎度小さな異国があって
わたしはカタコトのままで締結してしまう。

いくら3か国語万能の大卒だったところで
地球の自転速度1000キロとやらを体感できはしない。
加速器での素粒子激突実験によって生じる
不測の計測みたいなものが残念ながら性交にはある。

男性が言葉のソファでAVでも観てる頃に
私は意味の土地を泥だらけになって掘り返す工事中。
もしも苦しみが普通口座の金になるんだったら
私もう利子だけの即金でマンション買ってる。

こんな人生でも……
               うん

  
    いや  
        …………べつに

  ああ

……それでどうっていうことではないけれど

コミュニケーションってやっぱりすごく面倒なところがあるっていうか、思い通りにはいかないっていう話を、そういう、そういうのをしようかと思ったんだけど。

     いい?

    こんな……

読む………続けるけど、

 ……こんな人生でも 一度     だけ

こんな人生でも
こんな人生でも一度だけ読まれた日があった。
誰もが文盲だった中で私を読んでくれたもの好きな人。
xがyに告白した際の観測結果の未知数なら
答えのマス目の中にパンテオンを建ててしまうものらしい。

ああ――神殿の名前なんて出さなくてもいいんだけど
私だって英語マスターして外国に移住するくらいできた。
別に行こうと思えば月を目指していくことだってできる。
できそうもないのはあなたに会い行くっていうこと。

ガイドブックなら無料のネット記事であるのに
中古になった大人の眼球が乱視を起こしてしまって読めない。
あの頃に大人の顔を前借りしていたツケの分
この月末が実は支払い期限だったりするなら恐怖だ。

いくら言葉がおしゃべりを続けても意味は黙りこんだまま。
その部位は話すよりも飲み込む場所になって
それによる行為は接触であるよりも摂食になった。

瓦礫の山が私に所有権のある女性の土地。
いまだに遍都される予定の立たない言語の僻地。
あのアルタイ語系説うんぬんの文化圏からの侵略を
私及び私達は黙り込みのデモの中で待っている。

月面着陸でも前世紀の業務日報に書かれているのに
私は自腹で首輪を注文して酸素を供給する。
月々の家賃を自力で支払わねばならない小屋の中で
私はATMに擁護された自分を飼う。

 

 

 

 


ところで言っただろうか私ジェフ・ベソズ嫌い。