愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

喜久井伸哉 プロフィール(2024年版)

喜久井伸哉 (きくい しんや) (別名義 喜久井ヤシン) 1987年東京都生まれ。詩人・フリーライター。 日本で唯一の不登校専門紙『不登校新聞』、ひきこもり当事者が作るメディア『ひきポス』、全国ひきこもり家族連合会発行の『KHJジャーナル たびだち』な…

【油絵】首都

首都油彩 15cm×15cm

【短歌】息づらさ篇

泣く子ほど息を吐きたしああああと大人する権利ちょい失くしても その子をも息吸いたかったはずだよ令和すべての空を吸って吐いてさ ハイ先生息してきてもいいですか漏れそうなんですここぢゃダメです 夏の子に蛇口上向くアマリリス水飲むように深呼吸せよ …

【断想集】すべてのクレタ人のための現在完了形疑問符

人間は誰もが生まれつきのクレタ人ではないか、とクレタ人の彼が言っていたような気がした。 リニューアルオープンしてピカピカになった歴史的建造物みたいな史実。 政治家はたびたび史実の建て替え工事をする。国民はたびたびその片棒を担ぐ。 (美しい日本…

【油絵】チタ

チタ油彩 41.0cm×31.8cm

【断想集】すべてのクレタ人のためのフクシマでもなく汚染水でもなく危険でもないニュース速報(2)

どこからどこまでが理解促進で、どこからどこまでが誤解促進なのか。 有識者(?)やえらい世襲男性たちの汚染語ないし処理語がワタシに流れついてる。 被災地がカタカナになる言語的な風習があるんだったら、これからは私のことをワタシって書かないとね。 …

【断想集】すべてのクレタ人のためのフクシマでもなく汚染水でもなく危険でもないニュース速報(1)

2023年9月、フクシマで、ではなく福島で、原発汚染水の、じゃなかった処理水の、ホウスイ?がおこなわれた。私の、ではなく、いやこの場合は私でいいのか、私の、ともしも言ってよければ、でも違うと思うけど、仮に、私でよければ、私の国は、じゃなかった、…

【油絵】クソと薔薇

クソと薔薇油彩 41.0cm×31.8cm文学フリマ東京36 出品冊子表紙絵

【断想】この世に鳥がいないような悲しみ

いつか本物に出会ったとき非難されそうな僕はいつも自分自身の贋作みたいでいる ぼくは自分を養子に出してあげたいせめて他人で幸せになってくれたら 船酔いをするように自体に吐きそうになる難破してしまう挨拶の微風もぼくには嵐で 僕は世間との共同作業に…

【戯曲/インスタレーション】3つのドア

舞台上には3つのドア(A、B、C)が等間隔に並んでいる。ドアはいずれも中流階級の住宅でよく用いられる一般的なものであること。本作はこのドアの開閉と鍵の施錠、およびノックや軋みの音のみで上演される。開閉等にはドアノブの回転や鍵の施錠を含め、音楽…

【断想集】すべてのクレタ人のための絶対的主観性による東京メトロ紀行

私は車内で『完全読解精神現象学』を開いてヘーゲル哲学の粋を東西線内の移動時間でマスターするつもりでいる。アプリゲームのドラゴンやイケメンやパズルのもろもろに没頭する愚かな凡夫たちなんかとは違って、私は脳内で遠大な歴史哲学を理解するために、…

【詩】そして細雪のように殺せ

誰か僕を呪いにしてくれこの世を耐えられる者にしないでくれどうか地上の怨念にしてくれこんな国土から成仏させないでくれ怒りで舌が燃え尽きて焼け野原になったっていうのに灰になってもなお延焼し悪口の熱はおさまらないろくでもない高慢さで煤になっても…

【断想集】すべてのクレタ人のための適者不生存戦略

あのうすいませんここってやさしい虚偽入門教室の会場で合ってますか?ええっとここの施設ではやさしい日本語入門教室しかやってない?ああそれで大丈夫ですはじめましてこんにちは。 生活のためには目にしたくもないほど嫌な奴とも付き合っていかないといけ…

【断想】過去が立ちふさがって未来に進めない

どんな現実も、僕の想像力ほどは美しくなかった。 先鋭化した記憶は、いくつになっても現在に刺さる。 過去が立ちふさがって未来に進めない。 あまりにも磁力を持ちすぎて、いつまでも遠ざからない昔。 思い出の欠損を想像力のペンキで塗り直す。 想像力が発…

【断想集】すべてのクレタ人のためのW・S

「いいえ」と私は断言した。それを私は否認していなくもないことを受忍していなくもなく、もしかしたらたぶんそうではなかったと言えなくもない心理が必ずしもなかったとは言えないかもしれないのではないかと思えなくもない可能性が否定しきれない。よって…

【断想集】すべてのクレタ人のための『ハンチバック』書評批判

(「いいえ」と私)はい(った)。 この国に来た者はトリリンガルにならなければ生活ができない。母語と日本語ともう一つ、日本には手話ならぬ目話があるから。日本人と日本人とのあいだでのみ交わされているであろう、まなざしによる活発なおしゃべりの言語…

【断想集】すべてのクレタ人のためのヴィトゲンシュタイン考

「私は」といいえが言った。 語り得ることについては、ヴィトゲンシュタインも沈黙せねばならない。 みんなが嘘つきだとみんなが言う。 クレタ島のエイプリルフールにテンションが上がる論理学者たち。 エピメニデスだけは嘘つきだ、とクレタ人の先輩がグチ…

【断想集】すべてのクレタ人のための救命ボート乗船案内

「はい」(ではなく、「いいえ」と私は言った)。(「い」、「い」、「え」と私は言った(はずだ)。「い」と「え」の母音を続けて発話して相手の鼓膜まで届けばいいだけ(のはず)の言葉を、私は言った(はずだ)。) クレタ島ではもっとも嘘をつくことがな…

【断想集】すべてのクレタ人のための敗訴判例集

「はい」と私は言った。職員はいいえの欄にチェックを入れた。 疑われた理由のすべては母親の出自がクレタ島であるという一点のみで、渡航歴が記録された公的かつ唯一の正式な書類によれば、彼女自身は島に行ったことさえなかった。 語るにふさわしくない舌…

【断想集】すべてのクレタ人のための初級日本語講座

「いいえ」と私は言った。 ステップ1:私の舌の中に異邦人の舌が住まう。そうして私を主語にして語る。ステップ2:異邦人の舌の中に日本人の舌が住まう。そしておもむろに私を主語にして語り出す。ステップ3:「いいえ」と私は言った、と彼らは聞く。 私…

【断想集】すべてのクレタ人のための難民申請マニュアル

Photo by Pixabay 「いいえ」と私は言った。 買い物帰りのふとした閑暇に住宅街を見渡せば、むかし故郷で見た懐かしい風情を思わせる質素な家屋の上空に、乾いた北風をともなって浮かぶ豊かな抑揚のついた雲が、気高い天来の趨勢を過度に漂わせながら流れて…

【断想】あまりにも沈黙が大きく育ちすぎたせいで口を閉じていられなくなった

自分と初対面だという日がよくある いつかは忘れられるけど当面のあいだは苦痛でありつづけるタイプの記憶 針の形をした水素が血に刺さっている 心臓は歯と同等の硬度に進化すべきだった 僕の遺伝子だけ螺旋状でなく鍵爪状なのかも 自己に複合されている反自…

【断想】僕は自分に失明することで世界を耐えた

僕は自分に失明することで世界を耐えた涙を流すための器官はもう発見できない 気まぐれな幼年期が時制の柵を飛び越えてやってくるでも退屈しかないとわかってすぐに軽蔑しながら消える 胚胎した幼児が私に産声をあげ郷愁の臨月に涙腺が破水するお前黄泉の入…

【断想】メデューサの耳に聞かれて舌だけが石化する

メデューサの耳に聞かれて舌だけが石化する私たち どうせ沈黙が口を開けるから私はいつも人前で口を閉ざす 動画とTVとチャットとSNSとポッドキャストとスポティファイ聞いて近頃は誰でもプチ聖徳太子やってる 耳なし芳一を教訓にしてたんだけどわたしたち舌…

【諷刺詩】吾れ十五にして立たず(論語・ヘルダーリン・田村隆一 他パロディ)

はじめに言葉もなかりき ・ 人間:吾が窮乏の訴へは 薔薇(さうび)の枝を啄(ついば)むごとく 汝の耳に聴くに堪へざるところならんや 祈りの詞(ことば)をば知らざりしかど おほいなる涙の露はおちかかりけり 神よこのあはれな者を 御身の慈悲により救い…

【断想/一行文集】どうしようもないのでとりあえず自分のふりをしてやりすごしている

どうしようもないのでとりあえず自分のふりをしてやりすごしている ぼくは一人の群衆にすぎない 目には目を 舌には舌を 顔には顔を 僕は他人の自伝を編まないといけない 言葉は沈黙で発酵(もしくは腐敗)する 神の沈黙に鼓膜が破れる 他人行儀に自身という…

【当事者研究】本当の「不登校の原因」を語るにはどうしたらよいか(後編) 「行きたいけど行けない」ことを語りなおすために

前回と今回は、二回に分けて、当事者研究を載せている。私は、いわゆる「不登校」において、「行きたいけど行けない」感覚があった。「原因は何か」、と、さんざん聞かれてきた。しかし、自然なかたちで、理解される応答をすることは、難しかった。この数十…

【当事者研究】本当の「不登校の原因」を語るにはどうしたらよいか(前編) 「行きたいけど行けない」ことを語りなおすために

今回と次回は、二回に分けて、当事者研究を載せる。私は、いわゆる「不登校」において、「行きたいけど行けない」感覚があった。「原因は何か」、と、さんざん聞かれてきた。しかし、自然なかたちで、理解される応答をすることは、難しかった。この数十年の…

【エッセイ】死者は見える 死は見えない コロナウイルスに奪われた「日常」の悼めなさ

今回は、コロナウイルスと死についてのエッセイを掲載します。私が参加している『ひきポス』のウェブサイトに載せる予定でしたが、書いていてあやふやな内容になってしまったため、自ら廃案(ボツ)にした雑文です。 なお、この文章には、東日本大震災・自殺…

【断想/詩】ナラティブ不能

ぼくを 君を おれを わたしを あたしをわたくしを あなたを 貴殿を きみたちを我らを 自分を 私を 俺を あなたを ぼくがいたのに あなたがいたのに自分がいたのに 俺がいたのにお前がいたのに 君がいたのに 災害はすべてを三人称にしていった ・ わたしたち…