愛さないことにかけては世界の方が上手

詩人・ライターの喜久井伸哉(きくい しんや)による愚文集

【現代詩】本当に美しい人生を生きていたらインスタの加工なんてやっている場合じゃない(「中絶」と検索したことのあるすべての人生に)

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本当に美しい人生を生きていたらインスタの加工なんてやっている場合じゃない(「中絶」と検索したことのあるすべての人生に)

 

自分の人生が映画に値していない時によく観るネットフリックス
誰からも物語られないとわかっている時にはかどるキンドル
いつだって生活に対して無情なふるまいをみせる欲情が
今日も絶好調で虚しさの大穴をドリル旋回しています

人工的に造り出されたナチュラルなワタシたちの
優しさを学習していく人新世のディープラーニング
恋人つなぎして池袋を歩いた程度ではやっぱり
神様からのいいねは子宮に点灯しませんよね

本当に美しい人生を生きていたらインスタなんてやっている場合じゃない
私たちのささやかな生はいつだってどこか死をおびていた
人体が純粋な痛みだけで死ねるものなのかどうかは知らないけど
たぶん純粋な寂しさだけで死んでしまうようにはできていると思います

袖まくりしたシャツから伸びるたくましい腕の輪郭がしなやかに
私の三十年の誤謬をたたずまいだけで論駁していった一瞬
久しぶりに会った三月が欄外にいた自分を気づかせているけど
グーグルの別アカウントくらいのノリで彼の戸籍に入るのはNG?

グーグルクロームの「愛」の検索結果3億件の中のどこにも
私に正しい欲情の仕方を教えてくれるページは見つからない
チェシャ猫の微笑みだけを見た女の子のとまどいみたいに
死に先んじて生の意味だけを残して去った彼という不思議

その精子の持ち主はすでに自立的な貯蓄も積んだ既婚者で
成熟した笑みをたたえながらまなざしだけがネオテニーという魅力
どんな性具でもあなたの皮膜に触れること以上の悦びを与えない
居酒屋なんかで気がついたこの確定が虚しさの採掘をまた一回転

私の膣液に涙との互換性があったら無表情ではなくなるんだけど
神は彼との自撮りを敢行したこのあさはかな肋骨を許したもうか
春でできた血清が駆け抜ける蠢動の体躯の表面に
加工をほどこすべきアプリは生涯のスワイプの果てにあるのかよ

「 中絶 」と検索したことのあるすべての人生にも
一生をどう生きるべきなのかに対する解答がほがらかに与えられることがある
「 中絶 」と検索したことのある健気な一生に
人生とは何かを形象してくれた彼そのものが与えられるわけじゃなくても

この世に存在していないハッシュタグをつけながら
私は今夜何者も産んだことのない裸を抱きしめてインスタばっかり見てる

 

 

 

(制作 20年2月 KIKUI Yashin 画像 Pixbay リンク Wikipedia

【現代詩】不要不急の薔薇

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   不要不急の薔薇

薔薇は担保にならない。
紙幣でもなければPayPalの1円にもならない。
不動産の契約書ではないしAmazonポイントでさえない。
ボードレールの全行は人生に如かず
飢えている者にとって文學は無意味だ。

詩の言葉は徹底的に役立たずであり
試験と違って暗記したところで点数にならない。
あらゆる書物の万言はあんたに何一つ強要しない。
いくら暗唱できたところで金にも株式にもなりはせず
子孫が受け継ぐ遺産相続で誰からも相手にされない。

金を稼げないあんたが馬鹿だと罵られようが
正社員どころか非正規にもなれない不能者だろうが
生産性と効率性を求められて果たせなかろうが
無価値なあんたにふさわしく藝術に価値はない。
野薔薇は合理性も考えずに無料で咲き誇り
いかなるときも値札の付かないあんたと釣り合っている。

本一冊 歌一首 書一筆 絵一枚 歌一曲
それらはあんたがいくらくり返し思い出そうが追加料金をとらない。
あんたが妻子も家もなくして無一文になっても
記憶はいかなる借金取りも取り立てない廃物であり
質屋はあんたの感涙を一瞥だにしない。

たとえばろくでもない半生のあんたがあてどなく昼間の川べり歩いているとする。
そこであんたは無名の誰かがろくでもない曲の演奏をしているのを聞く。
音色はすぐさま風に消え去って誰からも覚えられることがなくこの世に重さを残さない。
その曲はピアソラ好きのアジアのプログラマーが気まぐれに作った
ルノワールの油彩を思い出しながら構想された能天気なギターの楽曲で
金を稼げずに死んでいった無名の舞台役者が演じた一人芝居に影響を受けた
とかいいつつマリオカートをやっていた片手間に余興で作曲した一曲で
レオス・カラックスの映画を観ているときに主旋律を思いつき
恋人からもらった変な形の陶磁器に盛り付けたミニトマト添えツナサラダを
むしゃむしゃとお気楽に食事した後に完成させたという一世一代の
駄作だ。
たとえばそんな一曲をあんたが聞いたとする。
その不要不急の藝術は全世界のどんな小銭も換金を受けつけない。
あんたはどうしようもない一日にそんなどうしようもない音楽を聞く。
そして
そしてその野薔薇は一円にもならないあんたの一生から一円もとらない。

 

 

 

 

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う文化的な防衛活動の実施4 KIKUI Yashin 画像 Pixbay)

【現代詩】引き潮

 

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   引き潮                

昨日はひどい津波だったと
明日の人間が語っている。
私はまだ名前を発見できない
今日の引き潮を生きている。

人々は火山灰のようなものを恐れ
通り魔のようなものに身構えていた。
街は震災のように荒廃し
いずれでもないものによって被災地だった。

皆が自分のせいではないと言い
大きな寺院にも人がいない。
見えない海のようにやってきたために
誰もが各々の陸地にしがみついていた。

言葉まで失くしてしまわないように
ひそめるのは呼吸だけでいい。
私に世界が変えられないとしても
世界に私が変えられてしまわないように。

そして私は明日語るだろう
この深甚な引き潮のことを。

 

 

 

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う文化的な防衛活動の実施3  KIKUI Yashin/画像 Pixbay